エパクト(epact)は暦法で用いられる言葉。太陽の動きを基本にする太陽年と、月の満ち欠けを基本にする太陰年(12朔望月を1太陰年とする)のずれを整数で表したものである。太陽暦に相当する太陰暦の日付を割り出したり、復活祭の日付の計算に用いられる。
語源はギリシャ語で「余所から付け足された日々」を意味するエパクタイ・ヘーメライ (ギリシア語:επακτα? ημ?ραι)。
目次
1 太陽年と太陰年
2 メトン周期
3 リリウスによるエパクト補正
3.1 太陽との調整 (-1)
3.2 月との調整 (+1)
4 グレゴリオ暦のエパクト
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太陽年と太陰年朔望周期。新月(朔)から満月(望)を経て次の新月(朔)まで
太陽年(Solar year)は太陽が春分点から黄道上を移動して再び春分点に戻ってくるまでの365日周期である。太陰年(Lunar Year)は、新月から次の新月までの朔望周期を1ヶ月(1朔望月)と考え、その12ヶ月分とする。朔望月の長さは平均約29.5日なので太陰年は、29.5日×12ヶ月=354日となる。つまり太陰年は太陽年より11日短いのである。
太陽年と太陰年が同時に始まった場合、太陽年が終わる時に太陰年はすでに次の年の11日目になっている。2年経てばその差は22日にまで広がる。このように太陰年が太陽年に比べて進みすぎた分をエパクト、つまり「次の年から付け足された日数」という。
地球から見える太陽の位置は常に動き、月も刻々と形を変えているが、エパクトは暦の日に対応するために整数で表す。とくにキリスト教において、エパクトは移動祝日である復活祭の日付の計算( ⇒Computus)に必要な数値であり、エパクト一覧表(下記参照)が作られている。
紀元前から用いられたユリウス暦のエパクトでは、3月22日の月齢がその年のエパクトとされた。
1582年に発布され20世紀にかけて世界各国で導入されたグレゴリオ暦では、エパクトは1月1日の月齢に等しくなっている。太陰年の始まりは朔(新月)であるから、1月1日が朔であれば太陽年と太陰年は同時スタートを切り、ずれがないためエパクトは0である。例えばエパクト数値14の年は、1月1日の時点で太陰年が既に14日進んでいる状態、つまり朔から14日目(ほぼ満月)まで進んでしまっている状態である。この「朔から何日目」に相当するのが月齢である。月齢は、朔の瞬間からの経過時間を日の単位で表現したものなので「その年のエパクト数値は1月1日の月齢に等しい」と言うことができる。ただし月齢は小数点まで表すので、エパクトと等しいのは整数部分のみである。
エパクト数値が30を越えるのは、太陽年と太陰年の累積したずれが30日以上ある状態である。太陰太陽暦では、この累積した30日で閏月を作って太陰年に加え、エパクト数値を30減らす。
太陽年の閏日はエパクトの計算には含まない。閏日をその時期の朔望月に付け加えて太陰月を29日から30日または30日から31日に増やすだけである。太陽年と太陰年の日付の差は変わらず、よってエパクトの数値は変わらない。
紀元前433年に数学者メトンは、太陽年の19年分が朔望月235ヶ月分にほぼ等しい(注意:一致はしない)というメトン周期を発見した。周期内の閏日が4日であれば計6939日、5日なら計6940日という19年周期である。
19年ごとに太陽年と太陰年が同時スタートを切るのだから、エパクト数値は19年分を繰り返し続ければいいように思われる。しかし一回のメトン周期で累積するエパクト総数は 11×19=209(1年あたり11日のずれが19年分)。209 mod 30=29で割り切れず29余っている。そこで周期の終わりにエパクトに1を加算し、(209+1) mod 30=0の状態にしてから再び1周期を始めなければならない。この周期最後のエパクト加算をサルトゥス・ルーナエ(Saltus lunae ラテン語で月の跳躍の意)と呼ぶ。
209のエパクト(過剰日)は、30日の閏月6ヶ月と29日の閏月1ヶ月の計7ヶ月に配分される(30×6+29×1=209)。太陽年19年と等しい朔望月が235ヶ月分というのは、太陰年19年分にこの閏月が加えられた数である(12ヶ月×19年+閏月7ヶ月=235ヶ月)。
メトン周期の19年は1から19の通し番号がつけられ、これを黄金数( ⇒Golden Number)と呼ぶ。黄金数は、その年のメトン周期内の位置を判別するものでエパクトや復活祭の計算などに使われる。
メトン19年周期のエパクト一覧表 1995199619971998199920002001200220032004
黄金数12345678910
エパクト29102121324516278
復活祭の満月14A3A23M11A31M18A8A28M16A5A
200520062007200820092010201120122013
黄金数111213141516171819
エパクト19*112231425617
復活祭の満月25M13A2A22M10A30M17A7A27M
満月の日付のMは3月、Aは4月。エパクトの*は30または0を示す。
ユリウス暦ではメトン周期(黄金数 GN)とエパクトの関係は
Epact = (11×(GN-1)) mod 30
黄金数から1を引いたものに11を掛けてそれを30で割ったときのあまりの数、という簡単な公式で求めることができた。
しかしグレゴリオ暦へ改暦した後は、単純に「エパクト=日」と解釈することができなくなってしまった。暦を考案したアロイシウス・リリウス( ⇒Aloysius Lilius)が、2つのエパクト補正ルールを組み込んだためである。
まず第一は、97日の閏日を400年の間に挿入し、実際の太陽年にできるだけ近くするための補正である。ユリウス暦では4年に一度の閏年を入れた太陽年は平均365.25日で、メトン周期の太陽年は365.25日×19年=6939.75日としていた。しかしリリウス達は当時の数学・科学力を駆使して春分点を基点とした太陽年は365.2425日という数値に落ち着いた。(21世紀初頭の計算では、平均回帰年365.24219日、春分回帰年ならば365.2424日とリリウスの計算に非常に近い値が出ている。)グレゴリオ暦の定めた太陽年365.2425日の0.2425日という端数を解消するために、0.2425=97÷400、つまり97日の閏日を400年の間に導入することとなった。こうしてグレゴリオ暦と太陽年の誤差は3000年に1日という精度にまで上がった。単純な4年ごとのルールでは閏年が400年間で100回になってしまうので、「西暦が4で割り切れるが、100で割り切れる年は閏年としない(例 1900年)。ただし100と400両方で割り切れる年は閏年(例 2000年)」という規則にした。
グレゴリオ暦の閏年にならない百の年には、エパクトも1をひいて補正する。これを太陽方程式(Solar equation)と呼ぶ。グレゴリオ暦の本来の目的が3月の春分頃の朔望月を算出することなので、1、2月のエパクトに関しては正確さにこだわっていない。