ウェリントン(Wellington)はニュージーランドの首都。同国2番目の都市圏で、オセアニアの首都の中では最も人口が多い。ウェリントン広域自治体(Wellington Region)に属し、ニュージーランド北島の南端にあり、ちょうど同国の国土の中央に位置する。マオリ語ではテ・ワンガヌイ=ア=タラ(Te Whanganui-a-Tara)あるいはポネケ(Poneke)という。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 入植
2.2 地震
2.3 ニュージーランドの首都として
3 地勢と統計
4 エネルギー
5 人口統計
6 芸術・文化
7 ウェリントン市の姉妹都市
8 スポーツ
8.1 ウェリントンで開催される主なスポーツイベント
9 ウェリントン出身の著名人
10 外部リンク
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ニュージーランドの主要な金融機関はウェリントンとオークランドに分かれ、幾つかの企業は本社を両都市に置いている。ウェリントンはニュージーランドの政治の中心地であり、議会とすべての行政機関の本庁舎が置かれている。
またウェリントンは、ニュージーランドの映画・演劇産業の中心地である。テ・パパ(Te Papa ニュージーランド国立博物館)、ニュージーランド交響楽団 (New Zealand Symphony Orchestra)、そしてロイヤル・ニュージーランド・バレエ団 (Royal New Zealand Ballet) が本拠地を置いている。隔年でニュージーランド国際アートフェスティバル (New Zealand International Arts Festival) も開催される。
小さくまとまった都心部では、都市の大きさのわりに大規模なアートシーンやカフェ文化、ナイトライフが展開されている。
ウェリントンの名前は、ワーテルローの戦いでナポレオン1世に勝利した初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーに敬意を表してつけられたものである。そしてその「ウェリントン」の爵号は、イングランド・サマセット州のウェリントンという町の名に由来する。
マオリ語ではウェリントンは2つの名前で呼ばれる。「テ・ワンガヌイ=ア=タラ (Te Whanganui-a-Tara)」はウェリントン港を指すもので、「タラ(ポリネシアの神話に登場する女神)の大いなる港」を意味する。もう一つの名称の「ポネケ」の方は、港のかつての名称「ポート・ニコルソン (Port Nicholson)」を縮めた愛称である「ポート・ニック (Port Nick)」の音訳でしかないと信じられているため、必ずしもマオリ語名とは言えないとされることも多い。
ウェリントンの都市圏は単独の地方自治体の境界を大きく越えて広がっている。「大ウェリントン (Greater Wellington)」あるいは「ウェリントン地域 (Wellington Region)」と呼ばれるのは、都市圏全体に加え、それを構成する市の市街地以外の部分、カピティ海岸 (Kapiti Coast)、それにリムタカ山脈 (Rimutaka Range) を挟んでワイララパ (Wairarapa) に至る範囲である。
ウェリントン地域に最初に定住したマオリ人はこの地を「テ・ウポコ・オ・テ・イカ・ア・マウイ(意味は「マウイ(マオリの神話に登場する英雄)の魚の頭」)」と呼んでいた。伝説によればクペ(ニュージーランドに移住した英雄で、ニュージーランドを「アオテアロア(長い雲のたなびく島)」と命名したことで知られる)が10世紀ごろにこの地域を発見し、探検したと言われる。
ヨーロッパ人の移住は、1839年9月20日に「ニュージーランド会社 (New Zealand Company)」の先遣隊が帆船「トーリー (Tory) 号」に乗って到来したことで始まり、続いて150人の移住者が帆船「オーロラ (Aurora) 号」に乗って1840年1月22日にやってきた。移住者ははじめ、ハット (Hutt) 川河口の平らな一帯であるペトネ (Petone) 地区(当初彼らはブリタニア (Britannia) と呼んでいた)に居を構えた。やがてそこが湿地で洪水にも襲われやすいことがわかったために移転したのだが、移転先はもっと起伏の多い場所だったにもかかわらず、ペトネでの開発計画がそのまま適用された。だから、ウェリントンには丘の斜面をまっすぐに登る、極度に急勾配の街路が幾つかあるのである。
1848年の一連の地震と、1855年の地震のため、ウェリントンは深刻な被害を受けた。1855年ワイララパ大地震 (1855 Wairarapa earthquake) は、ウェリントンの北から東へと走る断層によって引き起こされた。この地震はおそらくニュージーランドの有史上最大の地震と位置付けられ、規模は少なくともマグニチュード8.2と推測される。 この地震で、広範囲の土地の標高が2mから3mほど変化し、港の外の海底が隆起して干潟になるという現象も起こった。。この土地の多くはその後に干拓され、いまはウェリントンの中心業務地区の一部となっている。 このような理由で、ラムトン・キー(Lambton Quay; quayとは「埠頭、波止場」の意)という名の通りが、現在では港から100mないし200m離れた場所を走っている。ラムトン・キーの歩道には、1840年当時の海岸線の位置を示す銘板がはめ込まれており、隆起とその後の干拓の規模を伝えている。