イリオス遺跡
(トルコ)
イリオス遺跡
(英名)Archaeological Site of Troy
(仏名)Site archeologique de Troie
登録区分文化遺産
登録基準文化遺産(2),(3),(6)
登録年1998年
拡張年
備考
公式サイト ⇒ユネスコ本部(英語)
地図
世界遺産テンプレートを使用しています
イリオス(イーリオス)は、トロイ、トロヤ、トロイア(トローイア、トロイアー)、イリオン(イーリオン)などと呼ばれる、ギリシア神話に登場する都市。現在のトルコ北西部、ダーダネルス海峡以南にあったとされる。
一般的に、ハインリッヒ・シュリーマンによって発掘された遺跡がイリオスに比定されている。神話ではかなりの規模を持った都市国家であるが、現在発掘によって確認される遺跡は城塞以上のものではない。ギリシア神話においては、アガメムノンを頭とするアカイア軍に滅ぼされたとされ、そのあらましはイリアスをはじめとする叙事詩環に描かれている。
目次
1 伝説上のイリオス
1.1 イリオスの建設
1.2 アポロンとポセイドンによる城壁の建築
1.3 ヘラクレスによるイリオス攻め
1.4 トロイア(イリオス)戦争
2 イリオス遺跡
2.1 シュリーマンによる発掘
2.2 イリオス遺跡の構成
2.3 ヒッタイトの記録によるイリオスとトロイア
2.4 20世紀の発掘調査
3 世界遺産
3.1 登録基準
//
かつてイリオスのある地域は、スカマンドロス河とニンフのイダイアの子であるテウクロス(テラモンの子テウクロスとは別)が王として治めており、テウクロイと呼ばれていた。そこへアトラスの娘エレクトラにゼウスが生ませた子であるダルダノスがサモトラケ島からやってきた。ダルダノスはテウクロスの客となり、彼の娘バティエイアと領地の一部をもらった。彼はそこにダルダノスという都市を築き、テウクロス王の死後、テウクロイの一帯はダルダニアと呼ばれるようになった。
ダルダノスの後はエリクトニオスが相続した。エリクトニオスの後はトロスが継いだ。トロスは、自分の名にちなんでダルダニアの地をトロイアと呼ぶことにした。
トロスはスカマンドロス河の娘カリロエと結婚し、クレオパトラ(もちろんプトレマイオス朝の女王クレオパトラとは違う)、イロス、アッサラコス、ガニュメデスをもうけた。ガニュメデスが気に入ったゼウスは、鷲に変身してガニュメデスをさらい、オリュンポスの給仕係とした。そして、その代償に馬を与えた。なお、アッサラコスの子がカピュスで、カピュスの子がアンキセス。アンキセスの子がローマの元となった都市を築いた英雄アイネイアスである。
トロスの子イロスはプリュギアで、その地の王が主催した競技会の相撲の部に優勝。賞品として50人の少年と50人の少女を得た。また王は彼に斑の牛をあたえ、「その牛が横になったところに都市を築けという神託が下ったから、その通りにしなさい」といった。イロスが牛の後についていくと、牛はアテという丘で横になった。そこでイロスはそこに都市を築き、イリオスと名づけた。イロスはアドラストス(テーバイ攻めの七将の一人のアドラストスとは違う)の娘エウリュディケと結婚し、ラオメドンをもうけた。イロスの後はラオメドンが継いだ。ラオメドンの子供には、娘のヘシオネ、息子ティトノス、ボダルケスなどが生まれたという。
あるときアポロンとポセイドンはゼウスに対する反乱をくわだてた。このためゼウスの怒りを買い、人間の姿に身をやつし、イリオス王ラオメドンのためにイリオスの城壁を築くという罰を受けた(一説によると、城壁を築いたのはポセイドンだけで、アポロンは羊飼いの役目をしていたという)。 城壁完成の後にアポロンとポセイドンが報酬を貰おうとすると、ラオメドンはそれを拒絶した。アポロンとポセイドンは怒り、アポロンは疫病で、ポセイドンは海の怪物でイリオスを悩ませた。