イェンス・レーマン
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イェンス・レーマン

名前
愛称マッド・イェンス
ラテン文字Jens Lehmann
基本情報
国籍 ドイツ
生年月日1969年11月10日(38歳)
出身地エッセン
身長190cm
体重87kg
選手情報
在籍チームVfBシュトゥットガルト
ポジションGK
背番号1
利き足右足
代表歴
1998?2008 ドイツ61 (0)



Template(ノート 解説)サッカー選手pj

イェンス・レーマン(Jens Lehmann、1969年11月10日 - )は、ドイツエッセン出身の同国代表サッカー選手。ポジションはGKVfBシュトゥットガルト所属。
目次

1 経歴

2 プレースタイル

3 所属クラブ

4 戦歴

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経歴

1988年ドイツ・ブンデスリーガシャルケ04でキャリアをスタート。チームの守護神として君臨し、1996-97シーズンにUEFAカップで優勝した。満を持して1997年セリエAACミランへ移籍するが、レギュラーを獲得できず1年でドイツへ復帰。復帰先は以前所属したシャルケ04のライバルであるボルシア・ドルトムントだったためにサポーターから反感を買うが、正GKとして活躍し体裁は保った。

2002年には日韓W杯ドイツ代表に選出されるが、オリバー・カーンの控えで出場できず、以後カーンの不調もあって代表に招集されるたびに舌戦を繰り広げていた。

2003年アーセナルへ移籍。デイヴィッド・シーマンの後継として2007-2008シーズンの途中、マヌエル・アルムニアに完全にポジションを奪われるまで正GKを務めた。

2005-06シーズンは好プレーを連発。UEFAチャンピオンズリーグを含めて公式戦で10試合連続無失点に抑える等、好調を維持していたが、FCバルセロナとのチャンピオンズリーグ決勝戦で、サミュエル・エトーの足にペナルティエリア外で手で引っ掻け、レッドカードを貰い退場。チームも前半に1点を取ったが後半2点取られ2-1で敗れてしまう。が、エトーが倒れた後のこぼれ玉をリュドビク・ジュリがシュートしてゴールネットを揺らしており、後に主審が「ゴールを認めてイエローカードを提示した方が良かった」との趣旨を発言し物議を醸した。結果としてはバルセロナの先制ゴールは取り消しになり、逆にエマヌエル・エブエへの微妙な判定からのフリーキックでアーセナルの先制ゴールが生まれ、バルセロナとアーセナル双方がこの判定に賛否両論である。

この活躍などから、ライバルのオリバー・カーンを抑え2006年ドイツW杯のドイツ代表正GKに指名された。2006年ドイツW杯準々決勝アルゼンチン戦のPK戦では相手の4本のPKのうち2本を止め、チームの準決勝進出に大きく貢献したが、準決勝イタリア戦で、延長戦後半で2点を奪われ、チームは敗れてしまった。

2006年8月24日に授賞式が行われた2006年度MTVムービー・アウォーズにおいて見事GK部門で受賞を果たした。ちなみに他の受賞者はカルレス・プジョルデコサミュエル・エトーロナウジーニョと全員2006年のUEFAチャンピオンズリーグ優勝チームのFCバルセロナの選手であり、唯一レーマンだけがFCバルセロナの選手以外から選出された。

2006年ドイツW杯の準々決勝アルゼンチン戦で、PK戦にGKコーチのアンドレアス・ケプケが書いたアルゼンチン選手のシュートをする時の癖が書いてあったメモをストッキングの中に隠しており、キッカーが変わるたびに参照していた。後に、このメモは1億5000万円の値がついた。

2008年6月、アーセナルでの出場機会の減少から母国ドイツリーグVfBシュトゥットガルトへと移籍。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki