Alcal? de Henares
セルバンテス広場
州 マドリード州
面積88km?
標高654m
人口201,380人(2006年)
人口密度2288人/km?
⇒40°28'N 3°21'W
アルカラ・デ・エナレス(Alcal? de Henares)は、スペインの都市。アルカラ・デ・エナーレスとも表記される。スペイン中央のマドリード州東部に位置する。人口は約20万人。「アルカラ」はアラビア語の「城」という語に由来する。アンダルシアにある同名の都市と区別するため「デ・エナレス」を加える。
15世紀末以来の大学都市で、世界遺産に登録されている。また、セルバンテスの出生地としても知られる。
目次
1 地勢・産業
2 歴史
3 世界遺産
4 交通
5 ギャラリー
6 著名な出身者
7 姉妹都市
8 参考文献
9 外部リンク
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エナレス川沿い、マドリードからグアダラハラに向かう途上に位置している。皮革、石鹸産業などが盛ん。近隣の都市としては、約30キロ西のマドリード、35キロ南西のヘタフェなどが挙げられる。
古代ローマ時代には「コンプルトゥム」と称されていた。西ゴート王国時代には司教座が置かれた。イスラーム支配下ではあまり重要な町ではなかったが、12世紀に砦(Al-Qal'at)が築かれ、これが現在の街の呼称となった。1118年にカスティーリャ王国に征服され、トレドの大司教に与えられた。大司教の館を中心に、キリスト教徒街、ユダヤ人街、アラブ人街が形成された。1496年に王令によってユダヤ人が追放されたが、町の構造は残り、大学都市として使われるようになった。もっとも、大学都市としての萌芽は1298年にサンチョ4世が「Studium Generale」を設立したときに始まっている。
アルカラ・デ・エナレスの大学とその歴史地区
(スペイン)
アルカラ大学(サン・イルデフォンソ学校のファサード)
(英名)University and Historic Precinct of Alcal? de Henares
(仏名)Universit? et quartier historique d'Alcal? de Henares
登録区分文化遺産
登録基準文化遺産(2)、(4)、(6)
登録年1998年
拡張年
備考
公式サイト ⇒ユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています
15世紀末から16世紀初頭にシスネロス枢機卿の発案により大学都市の建設が始まり、1499年にサン・イルデフォンソ学校が創設された。ヨーロッパのほかの大学都市とは異なり、アルカラ・デ・エナレスでは最初から町全体が大学都市として計画されたことが特徴である。その後も大学施設が拡充され、学術・文化の中心地として発展を遂げた。エラスムスなどの著名な人文主義者もこの街に招かれている。印刷技術が持ち込まれ、アルカラ・デ・エナレス版多言語対訳聖書(ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語、アラム語、 ⇒en参照)が発刊された。
アルカラの大学はゆっくりと衰退し、1836年、宰相メンディサバルによって永代所有財産解放令が出されると、大学はマドリードに移転した(現在のマドリード・コンプルテンセ大学)。アルカラ市民は共同所有者組合を作り、大学の建物を購入して保持に努めた。19世紀に鉄道が敷かれると産業の発展が始まったが、歴史的な地区には開発は及ばなかった。大学の復活を求める声が高まり、1977年についにアルカラ大学が開校した。
1998年、アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区は、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。世界で最初の計画的な大学都市であること、都市計画がアメリカ大陸やヨーロッパでのモデルとなったことが評価された。また、登録基準の(6)として、この地で多言語対訳聖書など言語学の発展が見られたこと、セルバンテスを生んだことが人類の知的発展に貢献したとされた。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
世界遺産に登録された区域は、スペインの歴史遺産ともなっており、マドリード州政府や市の自治体によっても保護されている。
マドリードからは近郊路線(C-1、C-2、C-7)で約35分。