アフガニスタン進攻
戦争:アフガニスタン内戦
年月日:2001年9月11日 - 現在
場所:アフガニスタン
結果:現在進行中
交戦勢力
アフガニスタン
北部同盟
NATO
国際治安支援部隊 タリバン
アルカーイダ
ヘクマティヤール派
指揮官
ウイリアム・J・ファロン ムハンマド・オマル
戦力
アフガニスタン軍: 50,000 ⇒[1]
NATO軍: 35,500 ⇒[2]
アメリカ軍: 8,000 ⇒[3]20,000 ⇒[4]
損害
アフガニスタン軍: 戦死 5,000以上
戦傷 10,000
北部同盟: 戦死 500
NATO軍: 戦死 652(アメリカ: 423 ⇒[5], イギリス: 70, カナダ:67 ⇒[6], 他: 93)
戦傷 1,693(アメリカ 1,471 ⇒[7], カナダ: 270以上, イギリス: 131)5,000-15,000
アフガニスタン内戦
ソ連軍侵攻 - アフガニスタン内戦 - アメリカ・NATO軍侵攻
炎上する世界貿易センタービルオマーン海で「不朽の自由」作戦を行う5カ国空母艦隊(2002年4月18日)
アフガニスタン侵攻(アフガニスタンしんこう)は、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者への報復として、アメリカ合衆国が行ったアフガニスタンのタリバン政権への武力攻撃のことである。日本以外の国では通常アフガン戦争 (Afghan War / War in Afghanistan) と呼ばれている。
この戦争はアメリカ政府によって「対テロ戦争」の一環と位置づけられ、国際的なテロの危機を防ぐための防衛戦として行われた。イギリスを始め多くの国がこのアメリカ政府の戦争に賛同した。また、日本は2001年11月から07年11月まで正式に後方支援として参加し、インド洋に海上自衛隊の艦艇を派遣した(→自衛隊インド洋派遣)。
主な参戦国については対テロ戦争参照。
作戦名は当初「無限の正義作戦 (OIJ: Operation Infinite Justice)」とされたが、有志連合諸国の間で評判が悪かったため、「不朽の自由作戦 (OEF: Operation Enduring Freedom)」と改められた。 対テロ戦争の動きは更に、イラン、イラク、北朝鮮の3ヵ国をテロ支援国家であるとするブッシュ米大統領の「悪の枢軸発言」に発展し、2003年3月にはイラク戦争が始まった。
目次
1 戦争の概要
1.1 空爆開始と北部同盟の進撃
1.2 新政権の誕生
1.3 南部の治安悪化・再び戦争状態へ
1.4 アヘン生産の再拡大
2 国連による謝意決議
3 戦争の名称
4 この事件の位置付け
4.1 イスラーム原理主義の世界観における位置づけ
5 戦争の経過
6 脚注