アマルナ
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アマルナ (Amarna) は、エジプト中部のナイル川東岸に位置する古代エジプト第18王朝の宗教改革王アクエンアテンの都址である。古代エジプト名は「アテン地平線」を意味するアケトアテン (Akhetaten)、現在の正式名称はエル・アマルナ (el-Amarna) で、アラビア語遺丘を意味するテルを付してテル・エル・アマルナ (Tell el-Amarna) とも呼ばれる。紀元前14世紀頃にメソポタミアやシリアとエジプトとの間で交わされた大量の粘土板外交文書(アマルナ文書)が発見されたことも特筆される。

改革の実現のため、アクエンアテンの治世第4年(紀元前1347年)に造営が決定され、第6年(紀元前1345年)から第8年(紀元前1343年)の間にテーベより遷都してから、次王ツタンカーメンの治世第4年(紀元前1331年)に放棄されるまでわずか15年ほどの都であったが、都市計画にもとづいて処女地に建設され、のち異端の都としてほぼ完全に破壊放棄されたため、遺構の基礎部分の保存がよく、都市のプランを知りうる古代エジプトでは数少ない遺跡の一つとして重要である。新王国時代の二大都市テーベとメンフィスのほぼ中間に位置し、東岸の砂漠台地が後退して形成された直径13キロメートルほどの半円形の平地は、ナイル川の増水位よりも高いため、耕地として利用できず、大都市の建設に十分な広さを提供した。 カテゴリ: 古代エジプト

更新日時:2008年4月7日(月)04:46
取得日時:2008/10/30 18:52


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki