アマルティア・セン
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アマルティア・セン。米国国際開発庁 (USAID)にて開催された第二回ジョージ・マーシャル講演での姿。2006年12月7日撮影。

ノーベル賞受賞者
受賞年: 1998年
受賞部門: ノーベル経済学賞
受賞理由: 厚生経済学への貢献を称えて

アマルティア・セン(ベンガル語:??????? ???, ヒンディー語:???????? ???, 英語:Amartya Sen, 1933年11月3日 - )はインド経済学者哲学政治学倫理学社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。ベンガルで生まれ、9歳の時に、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受ける。またこの頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。これらの記憶や、インドはなぜ貧しいのかという疑問から経済学者となる決心をしたと言われる。
目次

1 人物

2 功績

3 エピソード

4 著書

4.1 単著

4.2 共著

4.3 共編著


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人物

カルカッタ大学経済学部卒業。1959年ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで博士号取得。本人曰くアダム・スミスカール・マルクスに影響を受け、その後コルカタデリーオックスフォードハーバードの大学で教え、1997年から2004年までの間ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジの学寮長であった。2004年の1月にはハーバード大学に戻っている。またセンは経済の分配・公正と貧困飢餓の研究における貢献により1998年ノーベル経済学賞、翌年にはインドの文民に与えられる最高の賞であるバーラト・ラトナ賞を受賞している。


功績

センのミクロ経済学の視点から貧困のメカニズムを説明した研究は経済学に限らず社会科学全体に衝撃を与えた。特に途上国の購買力と飢餓の関係を説明した論文は尊敬と畏怖をもって経済学者達に迎えられた、なぜならば彼以前は貧困とは単純に生産性の問題だけだと考えられていたが、市場競争における市場の失敗によってもたらされた事を簡潔にそして明瞭に表してしまったからである。またセンは経済学において最も高度な数学を使う厚生経済学社会選択理論においても牽引者である。適応選好や潜在能力(ケイパビリティ)アプローチ、「人間の安全保障」などの概念は現在日本でも高校の公民の授業で教えられることがある。

センは、経済学は数字だけを扱うのではなく、弱い立場の人々の悲しみ、怒り、喜びに触れることができなければそれは経済学ではないと主張した。「飼いならされた主婦、あきらめきった奴隷は、ほんの少しの幸せでも満足してしまう」とし、弱い立場の人々が潜在能力を生かし社会参加することを主張している(Deprivation of entitlement:権原の剥奪)。

経済学は、「人はいかに生きるべきか」「人間にとっての善」という倫理学と工学の2つの大きく異なる起源から派生しているとされている。センは、前者を「モチベーションの倫理的な考え方」と呼び、後者を「それを達成するための手段」としている。

センは、現状の経済学を批判するが経済学のもつ分析力については否定していないし敬意を払っている。彼がとる分析手法は経済学の一般的なテクニックに根ざしている。

センのノーベル経済学賞受賞は「厚生経済学・社会的選択」での功績である。しかし、彼の学説の中で有名な概念は「潜在能力」である。潜在能力とは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」としている(well-being:いい生き方)。具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」など幅広い概念である。そして「人前で恥ずかしがらずに話しができること」「愛する人のそばにいられること」も潜在能力の機能に含めることができるとしている。

センの潜在能力アプローチを発展させたものが、国連開発計画(UNDP) の人間開発指数HDI)である。HDIは、平均寿命識字率国民所得(一人当たりGDP)の3つの指標からなっている。最初、センは「シンプルな指標」にして誰にでもわかりやすくするというマフブーブ・ウル・ハックに難色を示したが、最終的には同意し協力メンバーの一人となった。現在では、経済中心のGDPに代わる人間性を加味した指標として注目されている。

センは、「HDIの平均寿命・識字率・国民所得も手段であって、目的そのものではない。目的は、人それぞれ多様なものであり、社会的・文化的背景によって異なる」と述べている。

2001年1月、センと緒方貞子前国連難民高等弁務官を共同議長に「人間の安全保障委員会」が、欧米とは別に日本政府アナン国連事務総長のイニシアティブによって創設された。同委員会は、2003年6月まで継続し、最終報告書を持って解散した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki