アマリロ(Amarillo)は、アメリカ合衆国テキサス州北西部に位置する都市。同州ポッター郡( ⇒Potter County)の郡庁所在地である。市域は南に隣接するランドール郡( ⇒Randall County)にもまたがる。人口は173,627人(2000年国勢調査)。2004年7月1日の推計では180,791人に増加している。しかし周辺の人口が少なく、4郡にまたがる都市圏では236,113人にとどまる。
かつてはヘリウムガスの生産で知られ、Helium Capital of the World(世界のヘリウムの都)と称された。また市名がスペイン語で「黄色」(アマリージョ)を意味することから、The Yellow Rose of Texas(テキサスの黄色いバラ)とも呼ばれる。近年では、V-22軍用垂直離着陸機の組立工場が同市に位置していることから、Rotor City, USA(アメリカのローターの街)と呼ばれている。また、アマリロは畜産の中心地でもある。
市名は近辺に位置するアマリロ湖(Amarillo Lake)とアマリロ川(Amarillo Creek)に由来しているという説が有力である。これらの湖や川の名は、湖岸や河岸の土が黄色であったことからその名がついている。また、この一帯に自生する野草が春・夏に黄色い花を咲かせることからアマリロという名がついた、という説もある。市名はスペイン語由来ではあるが、英語風にアマリロと発音される。
目次
1 歴史
2 地理
2.1 都市概観
2.2 気候
3 政治
4 経済
5 教育
6 名所
7 文化
7.1 テキサス文化
7.2 文化・芸術施設
7.3 メディア
7.4 ポップ・カルチャー
8 交通
9 人口動勢
10 参考文献
11 外部リンク
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1887年4月、J.T.ベリー(J. T. Berry)はフォートワース・アンド・デンバーシティ鉄道( ⇒Fort Worth and Denver City Railroad)を州北西部に延伸させるにあたって町を建設するべく、沿線で水源に恵まれた地域を探していた。ベリーやコロラドシティ( ⇒Colorado City)の商人たちは州北西部の主要な交易拠点となる町を求めていた。同年8月30日、ベリーの建設した町が郡庁所在地に選ばれた。町は当初オニーダ(Oneida)と呼ばれた。後に、この町はアマリロという名になった。改名当初はスペイン語式の発音がなされていたが、1年もたたないうちに、現在の英語式の発音で呼ばれるようになった。タスコーサ・パイオニア紙(Tascosa Pioneer)の編集者、チャールズ・F・ルドルフ(Charles F. Rudolph)はフォートワース・アンド・デンバーシティ鉄道の従業員が町名のスペイン語式の発音を無視しているのを非難していた。やがて町名の発音そのものが英語式になったことで、ルドルフが危惧していたスペイン語式発音の喪失は的中した形になった。この頃建てられた家のほとんどは、町の改名に伴って黄色に塗られていた。鉄道交通や貨物輸送の便があることから、町は郡庁所在地に選ばれた後、肉牛取引の中心地として急速に発展していった。
1888年7月19日、後にFather of Amarillo(アマリロの父)と呼ばれることになるヘンリー・B・サンボーン(Henry B. Sanborn)は、ベリーの町は土地が低すぎて大雨のときに洪水に見まわれるおそれがあるとして町の東側の土地を購入し始めた。また、サンボーンは新たに購入した地域に産業を移転させ、町の拡張を促すため、用地を確保し、資金を援助した。サンボーンのこうした活動は地元の人々の共感を呼び、ポルク通り(Polk Street)沿いの新たな商業中心地への産業の移転が進んだ。翌1889年に大雨によってベリーの町が洪水に見まわれると、サンボーンの町への人口移転がさらに進んだ。こうしてサンボーンの建設した町は人口と産業を集め、1893年に新たな郡庁所在地に選ばれた。1912年のアマリロのダウンタウン
1890年代終わり頃には、アマリロは世界有数の肉牛出荷地へと発展し、人口が激増した。1900年代に入ると、市の周辺で小麦をはじめとした穀物の生産が増え、それに伴ってカントリーエレベーター、製粉、飼料生産の中心地になった。やがて1918年には天然ガスが、3年後の1921年には原油が発見され、石油・ガス産業が発展していった。1927年、連邦政府はヘリウムの埋蔵量が豊富な周辺のガス田を買い取った。