アマゾーン
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 アマゾン のその他の用法についてはアマゾン (曖昧さ回避)をご覧ください。

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武装したアマゾン(あるいはアプロディテ)。Pierre-Eugene-Emile Hebert作。

アマゾーン(亜馬森、アマゾン、'Αμ?ζων(?μ?ζων), Amazon)は、ギリシア神話に登場する女性だけの部族。アマゾニス('Αμαζον??(?μαζον??), Amazonis)とも。フランス語ではアマゾネス(Amazones)、ポルトガル語ではアマゾナス(Amazonas)、スペイン語ではアマソナス(Amazonas)という。
目次

1 概要

2 神話

2.1 ヘーラクレースとテーセウスの冒険

2.2 トロイア戦争


3 関連項目

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概要

神話上では軍神アレースニュンペーハルモニアーを祖とする部族で、当時のギリシア人にとっては北方の未開の地カウカソススキュティアトラーキア北方などの黒海沿岸に住んでいた。黒海はかつてアマゾン海と呼ばれていたこともある。アマゾンは黒海沿岸の他、アナトリア(小アジア)や北アフリカに住んでいた、実在した母系部族をギリシア人が誇張した姿と考えられている。

アマゾーンは馬を飼い慣らし弓術を得意とする狩猟民族で、狩猟の女神アルテミスを信仰していた。アマゾーンの語源は、弓などの武器を使う時に右の乳房が邪魔となることから切り落としたため、"a"(否定)+"mazos"(乳)=乳無しと呼ばれたことからとされるが、これは近年では民間語源であると考えられおり実際にはすべてのアマゾーンが右乳房を切り落としていたわけではない。最初に馬を飼い慣らしたともいわれ、明らかに騎馬民族であったようだ。アマゾーンは弓の他に、槍や斧、スキタイ風の半月型の盾で武装した騎士として、ギリシア神話中多くの戦闘に参加している。後のヘレニズム時代にはディオニューソスもアマゾーン征伐の主人公となっている。

女のみの部族であるため子孫を残すためには男が必要である。 このため時折捕虜として男を連れ帰ることがあった。捕虜となった男は全裸にされ手枷、足枷がつけられ子作りの道具として多数のアマゾーンによって嫐られ精を搾られた。その結果、すぐに発狂するか廃人同然となり、男性機能が役に立たなくなった者から順に絞め殺された。 男児が生まれた場合は即、生き埋めにして殺すか、不具として奴隷とする。女児の場合はそのまま戦士に育てた。

絵画では、古くはスキタイ人風のレオタードのような民族衣装を着た明らかな異国人として描かれていたが、後代にはドーリア人風の片袖の無いキトンを着た姿で描かれるようになった。

アマゾーン、アマゾネスは、強い女性を意味する言葉としてよく使われる。また、南アメリカアマゾン川もその流域に女性のみの部族がいたという伝説があることからそう名付けられたとする説がある。



神話


ヘーラクレースとテーセウスの冒険ヘーラクレースと戦うアマゾーン。アッティカの黒絵式アンフォラ(大型の壺)より。紀元前530年から520年ごろ。

ヘーラクレースは十二の仕事の一つとして、アマゾーンの女王ヒッポリュテーの持つアレースの帯を取りに行かねばならなくなった。当初、ヘーラクレースはアマゾーンの国に乗り込もうと考えていたが、争えば後々わだかまりを残すと考え、ダメ元で交渉に踏み切った。しかし、ヘーラクレース達の予想に反しヒッポリュテーはヘーラクレースを客として迎え入れ(一説では強靭な肉体のヘーラクレース達にほれ込んで、自分たちとの間に丈夫な子をつくる事を条件に)、帯を渡すことを約束した。しかしアマゾーンの一人に変装したヘーラーが、ヘーラクレースたちは女王をさらおうとしていると煽動し、アマゾーンたちとヘーラクレースたちとの間で戦いとなった。ヘーラクレースはヒッポリュテーに謀られたと思いこみ、弁明する彼女を殺して帯を奪い去った。後にそれが誤解であったことに気づいたが、もはや後の祭りであった。

またテーセウスは、このときヘーラクレースと共にアマゾーンの国に攻め入ったとも、また別の時に攻め入ったともいわれ、ヒッポリュテーの妹アンティオペー(あるいはヒッポリュテー自身、またはメラニッペー)を奪い去り、結婚して自分との間にヒッポリュトスを生ませた。アマゾーンたちはテーセウスの治める国アテーナイに攻め込んだ。アッティカのアレイオス・パゴス丘に陣を敷き激しい戦いが行われたが、最終的にアマゾーンは敗れた。



トロイア戦争ギリシア人と戦うアマゾーン。紀元前180年頃の石棺より

ホメーロスの『イーリアス』では、アマゾーンは一時期リュキア近辺まで勢力を伸ばしていたが、ベレロポーンプリアモスによって撃退された。

しかし、トロイア戦争においてアマゾンはトロイア(イリオス)側についた。これは女王ペンテシレイアが、テーセウスとの戦闘の際に誤って前女王ヒッポリュテーを殺してしまい、その贖罪のためであったとされる。アマゾーンは女王ペンテシレイアに率いられ勇敢に戦ったが、女王はアキレウスに討たれてしまう。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki