アドリアーノ・パナッタ
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アドリアーノ・パナッタ
基本情報
ラテン文字名Adriano Panatta
国籍 イタリア
出身地同・ローマ
生年月日1950年7月9日(58歳)
身長183cm
体重81kg
利き手右
バックハンド
ツアー経歴
デビュー年1969年
引退年1984年
ツアー通算26勝
シングルス9勝
ダブルス17勝
生涯通算成績597勝375敗
シングルス364勝223敗
ダブルス233勝152敗
4大大会最高成績・シングルス
全豪1回戦(1969)
全仏優勝(1976)
全英ベスト8(1979)
全米4回戦(1978)
優勝回数1(仏1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪2回戦(1969)
全仏ベスト8(1975・77・80)
全英3回戦(1975・76)
全米2回戦(1977)
キャリア自己最高ランキング
シングルス4位
ダブルス ?位
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アドリアーノ・パナッタ(Adriano Panatta, 1950年7月9日 - )は、イタリアローマ出身の男子プロテニス選手。1976年全仏オープン男子シングルス優勝者である。シングルス自己最高ランキングは4位。ATPツアーでシングルス9勝、ダブルス17勝を挙げた。身長183cm、体重81kg、右利き。

パナッタは1970年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップイタリア代表選手となり、1983年まで14年連続でデ杯に出場した。1972年全仏オープン1回戦で、パナッタはルーマニアイリ・ナスターゼを 1-6, 9-7, 6-4, 6-3 で破り、世界的な知名度を獲得した。この年のデビスカップで、パナッタは当地の大先輩であるニコラ・ピエトランジェリとダブルスを組む貴重な機会を得た。1973年5月、地元イタリアフィレンツェの大会で男子ツアーのダブルスに初優勝し、翌週のイギリス・ボーンマス大会でシングルス初優勝を果たす。最初期のパナッタは、単複ともナスターゼとの対戦が多かった。

1976年全仏オープンで、パナッタは準々決勝でビョルン・ボルグの大会3連覇を阻止した後、決勝でハロルド・ソロモンアメリカ)を 6-1, 6-4, 4-6, 7-6 で破り、4大大会初優勝を決めた。イタリア人のテニス選手による4大大会男子シングルス優勝は、1959年1960年に全仏選手権(当時の名称)2連覇を達成したニコラ・ピエトランジェリ以来16年ぶりの快挙であった。このパナッタの全仏優勝を最後に、男女を通じてイタリア人の4大大会シングルス優勝者は出現していない。全仏優勝を果たした1976年、パナッタはデビスカップでもイタリア・チームの初優勝に貢献した。

その後、デビスカップでは1977年1979年1980年に準優勝があり、2度目の優勝には届かなかった。他の4大大会では、ウィンブルドンでは1979年のベスト8、全米オープンでは1978年の4回戦進出が自己最高成績である。パナッタはデ杯のイタリア代表選手として史上2位となる「64勝36敗」の記録を残した後、1984年9月に地元イタリアパレルモ大会の男子ダブルス準優勝を最後に現役を退いた。

イタリア最大のテニス選手であるニコラ・ピエトランジェリは、1959年1960年に全仏男子シングルスで大会2連覇を達成し、1986年に当地のテニス選手として最初の国際テニス殿堂入りを果たしている。ピエトランジェリはデビスカップでも1954年から1972年まで出場したが(通算成績120勝44敗)、彼のデ杯最高成績は1960年1961年の2年連続準優勝であったため、1976年にイタリアをデ杯初優勝に導いたパナッタへの評価も高い。


外部リンク

アドリアーノ・パナッタ (英語) - ATPツアーのプロフィール

デビスカップ成績表 (参考:イタリア代表選手の ⇒成績表
全仏オープン男子シングルス優勝者

オープン化以後 | (1968年)ケン・ローズウォール | (1969年)ロッド・レーバー | (1970年・71年)ヤン・コデシュ | (1972年)アンドレス・ヒメノ | (1973年)イリ・ナスターゼ | (1974年・75年)ビョルン・ボルグ | (1976年)アドリアーノ・パナッタ | (1977年)ギレルモ・ビラス | (1978年-1981年)ビョルン・ボルグ | (1982年)マッツ・ビランデル | (1983年)ヤニック・ノア | (1984年)イワン・レンドル | (1985年)マッツ・ビランデル | (1986年・87年)イワン・レンドル | (1988年)マッツ・ビランデル | (1989年)マイケル・チャン | (1990年)アンドレス・ゴメス | (1991年・92年)ジム・クーリエ | (1993年・94年) セルジ・ブルゲラ | (1995年)トーマス・ムスター | (1996年)エフゲニー・カフェルニコフ | (1997年)グスタボ・クエルテン | (1998年)カルロス・モヤ | (1999年)アンドレ・アガシ | (2000年・01年)グスタボ・クエルテン | (2002年)アルベルト・コスタ | (2003年)ファン・カルロス・フェレーロ | (2004年)ガストン・ガウディオ | (2005年-2008年)ラファエル・ナダル |


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki