アダム(Adam、ヘブライ語:?????、アラビア語:???は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の伝承によると、神によって創られた最初の人間である。ユダヤ教、イスラム教、マンダ教、バハーイー教では預言者とされている。
モーセ五書と聖書に含まれる創世記では、第2章と3章でアダムについての物語が語られ、4章と5章でも一部触れられている。ヨベル書、エノク書等いくつかの外典でもアダムの生涯が詳細に語られているが、伝統的な教会では認められておらず、ユダヤ教徒、キリスト教徒の大部分からは聖典とみなされていない。
目次
1 聖書におけるアダム
2 イスラム教におけるアーダム
3 『バルク書』におけるアダム
4 バハーイー教におけるアダム
5 キリスト教系の新宗教におけるアダム
6 ドゥルーズ派におけるアダム
7 語源
8 その他
9 関連項目
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創世記には、創造に関する2つの話が収められている。歴史学者や言語学者は、これはヤハウェ・エロヒム(以下ヤハウェという)信仰者によるものとエロヒムを信仰する司祭によるものの2種類の出典からきているためだと信じている。
紀元前5-6世紀ごろに成立したと見られる司祭による出典によると、エロヒムは全ての生き物と人間を天地創造の最終日6日目に創造したとされる。エロヒムは全ての生物を創造した最後に自分達の姿に似せて男と女を創って彼らが多くを得られるように祈り、「海の魚、空の鳥、家畜、地の全ての獣・這うものを治める者」になるように任じた。
紀元前10世紀ごろに成立したと見られるヤハウェ信仰者による出典によると、ヤハウェは地が乾きなにも生えていないころに最初にアダムを創造したとされる。ヤハウェは地面の土(アダマ)を使ってアダムの形を作り、鼻の穴からルーアハを吹き込んだ。ヤハウェはアダムをエデンの園(中央に知恵の樹と生命の樹を生やした)に置き、ここにある全ての樹の実を食べても良いが、エデンの園の知恵の樹の実だけは食べると死ぬので決して食べてはならないと命令を下した。
ヤハウェはその後、「人間が一人だけではよくない」と考え、野の獣と空の鳥を創造し集めてアダムにそれぞれの名前を付けさせた。しかしアダムと暮らすにふさわしいものがいなかったので、ヤハウェはアダムを眠らせ肋骨を一本取って、その肋骨からイシャー(女)を作った。この女はハヴァ(??????、ヘブライ語)(以下聖書の項ではイヴという)名前で記述される。
その後、ヘビ(後に『ヨハネの黙示録』 12:9でサタンとされた)にいわれてイヴが、そのイヴに言われてアダムがヤハウェの命令に背いて知恵の樹の実を食べてしまった。その結果、2人は直ちに自分たちが裸であることに気づき、体をイチジクの葉で隠した。そしてヤハウェがエデンの園を歩いていると、アダムとイヴが隠れるのが見えた。神が何をしているのか尋ねると、アダムは自分が裸で恥ずかしいために身を隠したと答えた。ヤハウェが知恵の樹の実を食べたのかと尋ねると、アダムは、イヴだけが食べたと答えた。これはアダムが犯した最初の罪である。ヤハウェはアダムとイヴが生命の樹の実を食べ自分達と同じになることを恐れ、エデンの園を追放され、呪いがかけられた。
楽園を追放されて初めて、アダムは自分たちの食糧を得るために働き始めた。アダムとイヴは沢山の子を設けたが、『創世記』にはその内3人の名前だけが記されている。カイン、アベルとセトである。『ヨベル書』ではさらに、セトの妻となったアズラ、カインの妻となったアワンという娘2人の名前も記録されている。『創世記』によるとアダムは930歳で死んだ。
17世紀のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーらの計算によると、アダムは9代目の子孫であるノアが生まれる前に127歳で死んだとされる。これによれば、アダムの生涯はノアの父レメクと少なくとも50年間は重なっていたことになる。
『ヨシュア記』によると、イスラエルの失われた10支族がカナンに入るためにヨルダン川を越えた時代には、洪水の水が乾いたアダムシティの位置は、まだ知られていたらしい。
イスラム教の『クルアーン』では、アーダム(??? ?dam)は最初のアッラーフの預言者とされ、禁断の樹の実を食べるようアダムを誘惑したのはアーダムの妻(名は記述されていない)であり、アーダムはアッラーフをごまかそうとしたが、十分反省した後、アッラーフに許されたと述べられている。
アーダムとハウアー(Hawwa)を誘惑したのはイブリースとされる。これは、楽園を追放されたイブリースから人類への最初の復讐であった。