アストゥリアス公国自治州
Comunidad Aut?noma del
Principado de Asturias
州旗紋章
州都オビエド
公用語カスティーリャ語
面積
? 総面積
? 割合第10位
10,604km?
2.1%
人口
? 総人口(2005年)
? 割合
? 人口密度第13位
1,076,635人
2.4%
101.53人/km?
住人の呼称
? 英語
? アストゥリア語
? スペイン語
asturian
asturianu
asturiano
自治州法1982年1月11日
ISO 3166-2O
議席割当
? 下院
? 上院 8
2
州知事ビセンテ・アルベルト・アルバレス・アレケス (社会労働党)
⇒州政府のサイト
アストゥリアス州(スペイン語:Principado de Asturias、アストゥリアス語:Princip?u d'Asturies)は、スペインを構成する自治州の一つ。直訳すると「アストゥリアス公国」自治州となる。アストゥリアス州はアストゥリアス県1つからなる一県一州の自治州である。州都はオビエド。
東はカンタブリア州、南はカスティーリャ・レオン州、西はガリシア州に接し、北岸はビスケー湾に面している。
目次
1 地理と気候
2 歴史
3 言語
4 主要都市
5 世界遺産
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
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アストゥリアス州の地理の特徴は、起伏の多い海岸線と、内陸の険しい山地である。海岸線は長く、多くの砂浜、入り江、海岸洞窟がある。険しい崖に区切られた美しい砂浜は、リゾート地となっている。山地では、登山、ハイキング、スキー、ケイビングが楽しめる。
州の西から東に連なるカンタブリア山脈( ⇒en)は、南のレオン県との自然な境になっている。山脈のうち州東部の部分は、ピコス・デ・エウロパ(直訳では「ヨーロッパのピーク」)と呼ばれ、最高峰は2,648mのトレセレド山である。この地域は、アストゥリアス、カンタブリア、カスティーリャ・レオンの3州にまたがるピコス・デ・エウロパ国立公園として保護されている。
アストゥリアスを含むスペイン北部の気候は、中央部や南部に比べて変化に富んでおり、「緑のスペイン」と呼ばれる。夏は温暖で湿度が高く、晴天が多いが雨も降る。冬は厳しくはないが、急激に冷えることもある。内陸の山地では11月から5月まで雪が降る。年間の降水量は900mm程度で、内陸ほど増える。
アストゥリアスはカンタブリアとともに、険しい地形のためにローマ時代、西ゴート時代を通じて中央の実効支配の及ばない地域であった。8世紀初頭にイスラム勢力に征服されたが、718年ごろに伝説的な王ペラヨ( ⇒en)がコバトンガの戦い( ⇒en)で初めてイスラム軍を破ったとされ、のちにこの勝利がレコンキスタの出発点と見なされるようになった。ペラヨを祖とするアストゥリアス王国はカンガス・デ・オニス( ⇒en)、のちにオビエドを首都とし、10世紀にレオンに遷都してレオン王国となった。
1388年、カスティーリャ王フアン1世は、王子エンリケ(エンリケ3世)に「アストゥリアス公」(Pr?ncipe de Asturias)の称号を与えた。これが、カスティーリャ王国やスペイン王国の王位継承者の称号となり、現在のフェリペ王子まで続いている。
19世紀からは炭鉱の開発が進み、鉱工業が発展した。20世紀前半には、アストゥリアスは労働運動の牙城となった。1933年にスペインに右派の政権が誕生すると、1934年10月に労働者が「アストゥリアス革命」を起こしたが、のちに独裁者となるフランコ指揮の政府軍に鎮圧された。
アストゥリアスは19世紀の県制度導入によって「オビエド県」となっていたが、1978年憲法によって自治州制度が導入されると、1981年12月30日に一県一州としてアストゥリアス自治憲章が承認された。一県一州となったのは、レコンキスタの出発点という歴史や、産業発展に対する自信によっている。
アストゥリアス州の公用語はスペイン語(カスティーリャ語)だが、この地域で話されているアストゥリアス語は法律で保護されている。
アストゥリアス州には78の基礎自治体がある。人口2万人以上の自治体は次のとおり(2006年1月)。