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やらせとは、事実関係に作為・捏造をしておきながらそれを隠匿し、作為等を行っていない事実そのままであると(またはあるかのように)見せる・称することを言う。
新聞やテレビなどメディアにおいて行われるやらせを指すことが多く、侮蔑的な意味を込めて片仮名でヤラセとも表記される。元は業界用語であったが、「やらせ」が発覚して社会問題となった事で一般用語化した。やらせには倫理的な問題が多いため、やらせを行うことで社会的な評価は著しく下がる傾向にある。
目次
1 手法
2 用語の一般化
3 やらせの問題点
4 対策
5 メディアの反応
6 関連項目
7 関連書
8 外部リンク
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すべてのやらせに共通するのは、打ち合せするなど事実関係に手を加えておきながら、それを読者や視聴者などの受け手から隠蔽する事である。やらせの方法は様々あるが、制作者の意に沿う結果を生じさせるための人(事前の打ち合せを受けた素人や番組スタッフ、および芸能人が使われる)を用意して演技させる手段が多い。このような人や物を用意する事は「仕込み」ともいわれ、ほぼ同義である。
「やらせ」という用語が一般化したのは、1985年、テレビ朝日「アフタヌーンショー」において、ディレクターが「何か面白いものをとりたい」と知り合いの暴走族に依頼して人を集め仲間内でリンチをさせるVTRを撮影、その模様を「激写! 中学生女番長! セックスリンチ全告白!」という企画で同年8月20日に放送したものである。同年10月8日、リンチ加害者の少女の証言からこの事件が発覚。リンチを指示したディレクターが暴力示唆の容疑で逮捕され懲戒免職され、当時のテレビ朝日社長が同番組で謝罪した上で打ち切りとなり、テレビ朝日は放送免許の更新を拒絶されるのではという未曾有の危機に瀕する事となった(結局、「条件付き」という事で免許剥奪は免れた)。この不祥事によりテレビ番組の製作において「やらせ」があることは広く知られるようになった。
また同様の有名な事件として、1992年にNHK「NHKスペシャル」にて放送されたドキュメンタリー番組「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」のやらせ問題がある。朝日新聞のスクープによってて大きな社会問題となったこの事件では、ヒマラヤの気候の厳しさを過剰に表現した点、スタッフに高山病にかかった演技をさせた点、少年僧の馬が死んだ事にした点、流砂や落石を人為的におこした点が主に問題とされた。皮肉にも同番組は高い視聴率をマークし、評判も良かった。ニュース・報道・ドキュメンタリー番組において高い評判を得ていたNHKの信用を大きく傷つけた不祥事となった。
報道・ドキュメンタリーのように、取材対象が事実である事が前提となっている分野でもBGMやテロップの挿入などの演出が行われるのが通常である。しかし、この分野における事実を歪曲するほどの過剰な演出、つまりやらせは、報道の対象が存在しないにもかかわらずこれを作り出す「捏造」とも本質において変わりがなく、倫理的に非常に大きな問題となる。
他方、報道やドキュメンタリー以外の分野では演出・脚色がより一般的に行われる。例えばバラエティ番組が好例だが、ここでもやらせが発生しうる。その最も有名な例がアメリカの人気クイズ番組「21」である。プロデューサーは、初め冴えない男をチャンピオンにしてアメリカンドリームを演出したが、次第に視聴者に飽きられるようになり、次いで容姿端麗な若者をチャンピオンにしてひたすら勝たせ続けたが、最後にはチャンピオン自身の告白によりすべてが露見した。映画「クイズ・ショウ」のモチーフとなった事件である。
また捏造でなくても、報道・ドキュメンタリー番組ですら同一場面(有識者のコメントなど)でも製作意図に合致した部分のみ切り取り合致しない部分はカットして放送する、実態にそぐわないがイメージ的には欲しいシーンを出演者に要請する、内容に対して明らかに誇大なタイトルをつけるなどの作為的歪曲も多々行われているが、こちらは問題として取り上げられることは余程大きくない限り無い。 そもそも、ワイドショーのコメンテーターなどは番組が期待する発言をしそうな人を予め選定してある、ニュースにおける街頭インタビューでも(多数意見であれ)テーマに沿うもののみ放送するなど、特にテレビにおいては常態化している作為性があることにも留意せねばなるまい。また、生活情報番組での健康実験では、被験者自体が健康志向が強い人が多く、被験者になったこと自体で健康に留意し、必ずしも番組で取り上げる健康法だけで体質が改善したとは言えないことが多い。 しかしこれらも、より強く・効果的に印象付ける、円滑に進行して結論へ至るなどの点では演出と差異を付けることが出来ない。
しかし、川口浩探検隊シリーズのように、過剰な演出自体が人気を博した番組もあり、許容されるべき「演出」か、非難に値する「やらせ」かの明確な線引きは困難である。
また、放送免許を有するテレビ局側と、実際の番組制作を請け負う下請け、孫受け番組制作会社との癒着、制作予算の削減による制作現場への重圧も「やらせ」の発生する重要なファクターである。 特に最近は、局側からの相当な予算面の削減により、制作現場は相当量の重圧に晒されている。 決められた納期に局側の希望している映像を制作しなければいけないため、「偶然」に大きく左右される撮影現場においてその労力や時間を節約するためにも「やらせ」はほぼ日常化していると言っても良いだろう。
決してすべての「やらせ」に言える事ではないが、現実として現在のテレビ業界における下請け孫請け制作会社で働く人間の待遇は想像を絶するほど過酷なものであり、長期の徹夜勤務は当たり前、所得額は局員の半分以下というのが業界の常識である。 このようなテレビ業界内での給与格差、待遇格差が「やらせ」という形で現れてしまっているという現実も一考すべきであろう。
しかしながら受け取り側としては、真実性を蔑ろにすることは「表現・報道の自由」と一体である「表現・報道の責任」を蔑ろにし、表現・報道の自由を脅かしマスコミの存在理由の一つ「事実を広く知らしめる」を危うくすることであり、また捏造を許容するようであると「第四の権力」とも揶揄されるマスコミによる暴走・横暴・世論操作を招くことにもなるため、やらせに対しては厳しい目を注がれなければならないだろう。
やらせ問題に対する有効な対策が取られている国もあるが、やらせの発端となった日本では特に対策はとられていない。事後処理として、新聞・雑誌では訂正記事を出し、テレビ番組の場合には番組の打ち切りや「お詫び」を放送するのが一般的である。しかし、お詫びや訂正の分量は本編に対し余りにも僅かであり、打ち切りも視聴率などが好調であれば行われなかったり、行われても後発が似たようなものであるなど、ペナルティの重さや再犯予防の実効性及び取り組みの姿勢には疑問が残る場合が多い。