しつけ(躾・仕付けまたは仕付)とは、人間または家畜の子供または大人が、人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように、訓練すること。概念的には伝統的な子供への誉め方や罰し方も含む。ドイツ語では、しつけのことを、der Zuchtというが、これは人に限らず動物(家畜)の調教、訓練の意味もあり日本語のしつけと同じである。
なお裁縫(特に和裁)では、ちゃんと真っ直ぐに縫えるように、「予め目安になるような縫い取り」をしておくこと、それに沿って縫っていくことを仕付けと言う。
以下では人間のしつけについて記述する。
目次
1 概要
2 しつけの手法と問題提起
2.1 紐
2.2 触って良い物・悪い物
3 関連用語
4 関連文献
5 外部リンク
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しつけとは、教育する事と言い換えても良いが、教育一般よりも生活全般に根ざした、更に根源的な事柄にまつわる部分を教えていく行為を指す。特に言葉が理解出来ない幼児の教育に関しては、様々な態度で接する事で「やって良い事(=誉められる)」「やってはいけない事(=罰せられる)」の区別をつけさせる事でもある。
伝統的な躾の手法では、罰の中に体罰を含むこともあるため、近年ではその体罰を持って「児童虐待ではないか?」とする問題提起も成されている。勿論、躾の中には体罰に拠らない方法もあり、きちんとできたら誉めるなどして、行動をより積極的に行わせるようにする様式も見られる。罰するにしても、口頭で叱るという様式もしつけには含まれる。
特にしつけは地域文化に即して様々な手法が体系化されており、民俗学・文化人類学的にこれらを研究する人もあり、中には宗教的な位置付け等から、伝統として伝えられている物も存在し、それら訓練の結果は、社会の維持に役立っている事例も見られる。
躾をする事は、自由に伸び伸びと育てる(または放任してしまう)事の対極にあると考えられている。一定の厳しさをもって育てていく事を含んでおり、体罰を科す場合も見られ、これらが児童虐待に発展する事例も見受けられる事もあるため、躾行為そのものが児童虐待だと考える向きもある。
しかし、いずれ躾がなければ人間としての存在価値にも関わるとの考え方もあるため、児童教育における躾は、社会的な道徳観念やマナーが不足しているとされる現代において、その重要性を再認識する人も存在する。
ただしあらゆる面で力の弱い子供の側からすれば、「しつけ」と称した親からの一方的な理不尽な扱いへの抗弁が難しいため、行使には極めて慎重さを要するともいえる。威圧的な態度や子供の言い分を聞かないしつけでは、子供は表面上はそれに従いながらも、内心ではその理不尽さに反発する傾向もあり、特にしつける側が道義的に見て正しくなかったり、あるいは明らかに他の道徳などと矛盾する内容のしつけは、子供当人にとって混乱するか内心反発して鬱憤を溜めるかのどちらかである。このため、少なくとも公正で「他のルール」に反せず一貫性を持つことが多くの育児書で薦められている。
「しつけ」と混同し、自分の感情に身を任せた虐待や暴力をする親や教師も存在している。ニュースなどで度々報じられている児童虐待事件では、逮捕された加害者が「しつけだった」として容疑を否認しているが、これら加害事件では理由の如何ではなく行為の如何で罪が問われているため、実際こういった抗弁は意味を成さない。
なおこれらの躾は、様々な社会規範(ルール)に則り各々が体系化されているが、これを総合的に家庭内で教えていくことを家庭教育ともいう。
しつけが伝統的に様々な方法が考案され利用されて来たため、時代によってはその方法が問題視されたり、逆に苛烈さを増す事もある。
ただ、しばしば誤解されるところではあるが、しつけは社会性の教育であって「大人(保護者)の都合」を子供に強いるための行為ではない。児童虐待で逮捕された親の多くが取調べに対して「しつけだ」と弁解しているが、そのほとんどにおいて主張の妥当性は認められず、暴行であるとして有罪となっている。
紐を使った躾には、様々な種類が存在するが、その内容によっては問題視されている。
安全のため
歩き始めたばかり幼児の安全を確保するため、上半身あるいは腰を縛っておく紐を「しつけ紐(または歩行練習紐)」という。その体を縛っているというニュアンスが「犬の散歩みたいだ」等としてひっかかる向きには、幼児の背負うリュックサックやベルト・吊りズボン等の衣服に紐を取り付ける物も日本国内ではよく見られる。特に近年では、外出時に幼児が親の目の届かない所で変質者に連れ去られる事件も起こっている事から、手繋ぎの延長として、これら紐を用いる人も増えている模様である。しかしごく稀に、これら紐が何かに絡まる・予期しない子供の行動に親が対処しきれないといった問題もあり、この紐にまつわる事故事例も報告されている。このため、公園等では紐が遊具に絡んだりしないよう気を付ける・交通量の多い場所では親が子供の手を直接引くなどの配慮が必要との警鐘も鳴らされている。
マナー
また欧米では、テーブルマナー学習の一環として、児童が食事をする際に、椅子に縛り付けるという躾の手法が存在する。これは食事の作法として
食事の際は無闇に席を外さない
腕を大きく動かして食事をしない(日本での「食卓に肘を付かない」に相当)
といった事を体で覚えさせようというもので、厳密には罰しているわけではない。ただし、マナーのために縛り付けても罰のために縛り付けても、子供の側からすれば身体を強制的に拘束されているということに変わりはないのもまた事実である。
罰
椅子や柱などに(身動きできない形で)縛り付ける行為は、
児童の恐怖心を煽り、トラウマとなる
用便等の基本的な躾に反して自発的な行動を制限される
親は自分に害をなす存在だとの認識が根付く
親への不信感、嫌悪感、復讐心が芽生える
等により、健全な精神の発達や、躾の一貫性という面で不整合を発生させ、児童の規範意識における成長を妨げる可能性が指摘されている。たとえば「親は自分を身動きできないように縛り付ける→親は自分に害をなす存在である→害をなす存在のなすことは間違っていることであり、従う必要はないまたは害をなす存在の言うことには従いたくない」「親は自分を身動きできないように縛り付けた→自分をこんな目に遭わせた親を恨まずにはいられない」といった具合である。ジャン=ジャック・ルソーやイマヌエル・カントなどにも、教育、しつけの手段として子供を紐で縛ることは好ましくないし、やるべきではないとの言葉がある。