『おもろさうし』(おもろそうし)とは、尚清王代の嘉靖10年(1531年)から尚豊王代の天啓3年(1623年)にかけて首里王府によって編纂された歌集。沖縄の古い歌謡であるおもろを集録したものである。漢字表記すれば「おもろ草紙」となり、大和の「草紙」に倣って命名されたものと考えられる。なお「おもろ」の語源は「うむい(=思い)」であり、そのルーツは祭祀における祝詞だったと考えられている。全22巻。
目次
1 内容
2 形態
3 史料価値
4 参考文献
5 関連項目
6 外部リンク
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王・高級神女・勇者・詩人・航海者をたたえ、風景・天象・戦争・神話について歌われている。わずかではあるが恋愛を歌ったものもある。全二十二巻の主な内容は以下の通りだが、編纂時期が不連続で、巻一が編纂されてから約70年間編纂が途絶えており、薩摩侵入後の万暦41年(1613年)になって巻二が、十年後の天啓3年に残りの二十巻が編纂されている。
きこゑ大きみがおもろ 首里王府の御さうし 嘉靖十年
中城越来おもろ 首里王府の御さうし 万暦四十一年五月廿八日
きこゑ大きみかなし おもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
あおりやゑさすかさの おもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし 首里おもろの御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里大君せんきみ君がなし もゝとふみあがりきみの つんしのおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし はひのおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし おもろねやがりあかいんこが おもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし いろ/\のこねりおもろ御双紙 天啓三年癸亥三月七日
ありきゑとのおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里ゑとのおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
いろ/\のあすびおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
舩ゑとのおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
いろ/\のゑさおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし うらおそいきたたんよんたむざおもろの御さうし 天啓三年癸亥三月七日
首里天きやすへあんじおそいがなし 勝連具志川おもろの御さうし 天啓三年癸亥三月七日
恩納より上のおもろ御さうし
首里天きやすへあんじおそいがなし 志ま中おもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
ちゑねんさしきはなぐすくおもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
こめすおもろの御さうし 天啓三年癸亥三月七日
くめの二ま切おもろ御さうし 天啓三年癸亥三月七日
みおやたいりおもろ御さうし
※「/\」=繰り返し記号
主にひらがなで書かれ、わずかだが漢字も混じる。短いものは2行から、長いものは40行に及ぶ韻文で、盛んに対句を用いており、これら祝詞(うむい)は琉歌の源流と考えられている。また、今では使われていない琉球古語が多く含まれている。
琉球王国の民俗の実態をうかがうことのできる数少ない第一級の史料のひとつである。伊波普猷から始まる沖縄学は、その黎明期においてこの解読、翻訳を中心とした。本書の解読から、主に琉球王国における祭祀の様子や祭政一致体制の実態の手がかりを多くつかむことができた。現在ではほぼすべてが解読されているが、細部ではいまだ解釈の定まらない点も多い。
参考文献
外間守善 校注『おもろさうし』上、下(岩波文庫、2000年)
上 ISBN 4-00-301421-9、下 ISBN 4-00-301422-7
外部リンク
⇒伊波普猷文庫目録 文庫内に「おもろさうし」や伊波普猷の著した「校訂おもろさうし」があり閲覧できる。
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更新日時:2008年8月6日(水)11:18
取得日時:2008/10/04 04:18