αヘリックス(Alpha helix)はタンパク質の二次構造の共通モチーフの一つで、バネに似た右巻きらせんの形をしている。骨格となるアミノ酸の全てのアミノ基は4残基離れたカルボキシル基と水素結合を形成している。
目次
1 発展の歴史
2 構造
2.1 幾何学と水素結合
2.2 安定性
3 実験的な検出
4 アミノ酸の傾向
5 双極子モーメント
6 大局的な構造
7 機能と役割
8 ヘリックスからコイルへの構造変化
9 芸術におけるαヘリックス
10 出典
11 参考文献
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1930年代前半、ウィリアム・アストベリーは湿った羊毛や髪の毛は、伸ばす前と後でX線繊維回折の結果が大きく違ってくることを発見した。この結果は、伸ばす前の繊維の分子は5.1?以下の周期でコイル状の構造を持っていることを示していた。
この実験の結果より、アストベリーは、
伸ばす前のタンパク質分子はα型と言われるらせん状の構造をしている
タンパク質を伸ばすことによってらせん構造が壊れ、β型と言われる引き伸ばされた構造に変化する
というモデルを提唱した。
詳細について誤りはあったにせよ、アストベリーのこのモデルは概ね正しく、1951年にライナス・ポーリング、ロバート・コリー、ヘルマン・ブランソンらが提唱した二次構造の概念とも合致した。アストベリーのモデルでは原子同士がぶつかってしまっているため正しくない部分があると初めて指摘したのは、ハンス・ノイラートであった[1]。ノイラートの論文とアストベリーのデータに刺激を受けたヒュー・テイラー[2]、モーリス・ハギンズ[3]、ローレンス・ブラッグら[4]によってα-ヘリックスとよく似たケラチン分子の構造モデルが提唱された。
近年のα-ヘリックスのモデルに関する2つの大きな進展は、アミノ酸やペプチドの結晶構造やポーリングの予測したペプチド結合に基づく正しい結合配置の決定と、らせん1回りの残基数が整数であるという誤った予測を捨てたことであった。回転モーメントの考えは、1948年1月にポーリングが風邪を引いて寝ている時にひらめいた。退屈な彼は紙にペプチド鎖の絵を描き、それをらせんに折って注意深く観察していた。その時に彼はモデルに水素結合を導入することに気づいたのである。ポーリングはこの説を公表する前にコリー、ブランソンとともに入念な確認の実験を行った[5]。
幾何学と水素結合前出のαヘリックスを上から見た図。4つのカルボキシル基が100°ずつ開いて手前側に向かっている。
αヘリックス中のアミノ酸は5.4?単位の右巻きらせん構造をしている。それぞれのアミノ酸はらせん中で100°向きを変え(つまりらせんは3.6残基で1回転し)、らせんの軸の方向に1.5?進む。アミノ酸のアミノ基は4残基離れたアミノ酸のカルボキシル基と水素結合を作っている。これに対して、水素結合が3残基ごとのものは310ヘリックス、5残基ごとのものはΠヘリックスと呼ばれる。αヘリックス以外のヘリックス構造はあまり見られないが、310ヘリックスはαヘリックスの末端部で見られることがある。水素結合が2残基ごとの不安定なヘリックス(δヘリックスと呼ばれることがある)が、αヘリックス形成の中間体として分子動力学法を使ったシミュレーション中に現れたという報告もある。
αヘリックス中のアミノ酸の二面角は(φ, ψ)=(-60°, -45°)であることが多い。より一般的には、ある残基のψの二面角と次の残基のφの二面角の値の合計がおよそ-105°になる。その結果、αヘリックスはラマチャンドランプロットでは、(-90°, -15°)の点と(-35°, -70°)の点を結ぶ傾き-1の線分として表わされる。これに対して、310ヘリックスの二面角の合計はおよそ-75°、Πヘリックスの二面角の合計はおよそ-130°である。全てのトランス型ポリペプチドヘリックスの回転角Ωは、次の一般式で与えられる。
αヘリックスは密に詰まっていて、らせんの内部にはほとんど空いた空間がないほどである。そのためアミノ酸の側鎖は、クリスマスツリーのように全て下側外向きを向いている。この配向性は低解像度の電子密度マップでタンパク質の骨格の方向を決めるのに利用されることもある。
タンパク質中に見られるαヘリックスは4から40以上の残基によって構成されているが、多いのは10残基程度のものである。