名古屋市
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… 国歌

「名古屋はええよ!やっとかめ」

この曲は名古屋の自虐感を、逆手にとって東京や大阪に対する優位性とすべく作詞作曲されたものであり、今なお市民から注目を浴びる存在となっている。最も、他国人の前では歌うことは無いが。
歴史

名古屋共和国正史『金鯱の夢』(集英社)によれば、建設者は豊臣秀吉の嫡男で名古屋幕府初代将軍の豊臣秀正であるといい、秀正が傅役福島正則とともに清洲からこの地に都を遷すべく、プランニングを行ったという。

共和国の歴史においては西暦1615年の江戸夏の陣に於いて、秀正の舅であった徳川家康は豊臣秀正に滅ぼされ、名古屋幕府が確立したという。名古屋幕府は一般的に江戸時代(厳密には名古屋時代)とされている時代を統治し、名古屋辯は日本の共通語であり、名古屋は日本国首都であったといわれているが、明治時代に東京へ遷都した時にこれらの歴史は全て抹消され、書き換えが行われたという。

書き換えられた後の歴史では、徳川家康が江戸に幕府を開いた後、江戸にとって脅威になる京都の天皇と大坂の豊臣秀頼と伊勢の神宮が反乱を起こさないよう監視する為に、豊臣秀吉の出身地に名古屋城を建設し、清洲からついでに街を移転して城下町を作り上げ、和歌山彦根安濃津福井姫路と同じく、「京都に近い江戸の側近」として江戸時代を送った、とされている。

名古屋市民はこの自虐史観を余り問題視していない。又、名古屋共和国の史家らも常に著書の中で告発を繰り返しているものの、「アムウェイなみの仕事」といわれるような本業のユーモア小説の執筆に忙しかったり、龍群の軍師も兼任している為に龍群の調子が悪いときには殆ど執筆を停止するなど、あまりやる気が無いために、真実の歴史は容易に明らかにされていないのが実情である。

1959年9月には伊勢湾台風、2000年9月11日には豪雨に襲われるなど、伊勢湾沿岸とあって気候は南畿内(津、新宮奈良、大台ケ原など)と同一であり、台風銀座である。これらの水害では多くの家・車・堀川のヘドロが流されるほどで、これを中京都民は「名古屋911テロ」や「元祖911テロ」と呼ぶ。
地域 中京都の地図。
赤:名城カリスマ区・黄:特別区・藤:一般区

元々は一般的な区(現:一般区)のみで分けられていたが、独立に伴い周囲との雰囲気が極端に異なる地域として新たに「特別区」が設けられた。なお特別区名は全て「地域名+カタカナ」の組み合わせである。同時に一般区も、位置の明確化や呼称の利便性を図り、分割・合併・改称された。また、旧尾張旭市、甚目寺町、大治町、七宝町は中京都との結びつきが強かったため、中京都に編入された。

特別区

名城カリスマ区 - 名古屋共和国議会議事堂・各省庁

大須カオス区

名駅メトロポリス区

白壁ブルジョア区

南北100メートル区

東西100メートル区

金山アスナル区

築地ガーデン区

桶狭間ホース区

八田ファジー区

本前田ファジー区


一般区(◎印:区を合併/☆印:区を分割/■印:区名変更/◇印:周辺市町村を編入)

◎金鯱区 - 旧東区の内、名鉄瀬戸線以北+旧北区の内、庄内川以南+旧西区の内、庄内川以南

☆楠区 ? 旧北区の内、庄内川以北

☆小田井区 ? 旧西区の内、庄内川以北

☆超栄区 - 旧中区の内、南北100メートル区以北で東西100メートル区以西

☆新栄区 - 旧中区の内、南北100メートル区以北で東西100メートル区以東

☆上前津区 - 旧中区の内、南北100メートル区以南

荒子区 - 旧中川区の内、庄内川以東

富田区 - 旧中川区の内、庄内川以西

☆稲永区 - 旧港区の内、庄内川以東で、中川運河以西

☆港明区 - 旧港区の内、中川運河以東

☆南陽区 - 旧港区の内、庄内川以西

☆大高区 - 旧緑区の内、名鉄名古屋線以南

☆鳴海区 - 旧緑区の内、名鉄名古屋線以北

☆小幡区 - 旧守山区の内、東名阪自動車道以西

☆志段見区 - 旧守山区の内、東名阪自動車道以東

☆白鳥区 - 旧熱田区の内、堀川以西

☆宮区 - 旧熱田区の内、堀川以東

■太閤区 ? 旧中村区

■堀田区 - 旧瑞穂区

■名南区 - 旧南区

■藤が丘区 - 旧名東区

山岳区 - 旧昭和区

■学習儒区 - 旧千種区

■てんぱっ区 - 旧天白区

◇旭区 - 旧尾張旭市

◇治甚宝区(ちじほく) - 旧甚目寺町、大治町、七宝町


地域特性

名古屋駅周辺を除き、高層ビルと呼べるものは建っていない。経済的には繁栄しているにもかかわらず無駄なところには絶対に金を使わないという堅実な国民性が現れている。この駅から西は「くそ(木曽)しながら(長良)いびる(揖斐)」という、あずまんが大王の名台詞でも知られる木曽三川を越えないと、経済的に豊かなところがない。

また、愛知県と呼ばれるところが名古屋の中には存在する。決して名古屋が愛知県のなかにあるのではない。だから他国の人に名古屋県と呼ばれることがあるがそれは決して誤りではない。念のため。
名古屋城

町の名物として豊臣秀正が築城した名古屋城がある。裕福さを象徴するその姿は、「派手」というステレオタイプなイメージとは異なり、いささか保守的。しかし、非常に特徴的な姿であり、特に天守閣の巻き紙は全国的に有名である。一般的な名古屋城の派手なイメージは、保守的な姿を常に派手な外装で擬装していることからイメージされるものだろう。

この外装は、だいたいがシャネルやエルメスなどのブランド物。にも関わらず、保守的なイメージが付きまとうのは、外装の決定を実際にしているのは、城見物にくる客の親世代であり、どうしても世代的なギャップから保守性を醸成するためであろう。

しかし、比較的に建築年代が浅い城にまで、上品かつ保守的な雰囲気を持たせるためには莫大なコストが必要であり、このコストをまかなうための人頭税(娘を持つ各家庭に対し、娘の人数分が課税される)は、裕福な名古屋人にとってもかなりの重税だと言われている。
地下迷宮

名古屋には前述したように高層ビルが少なく、都市機能の多くは地下に潜っている。特に名駅、栄の両地下迷宮の難易度は世界屈指であり、最深部に関しては全く情報公開されていない。

その広さ、深さもさることながら、方向感覚を失わせ、行くたびに経路が変わる「不思議のダンジョン」であるため、風来の試練の愛好者がよく地下に降りていくのが目撃される。が、非常に難易度の高いダンジョンであるため、無事に生還できる者すら極めて少なく、現在では同競技においてAランク以上のライセンスを持つプレイヤーのみが挑戦を許されている。

このため生粋の名古屋共和国民でさえ、中学生くらいまではリアルに迷子になるという。


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出典: バ科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:Mamenoki