武器不足のため、男の武器を使っている。中国語で「打飛機(飛行機を打ち落とす)」は決してオナニーのことではなく、砲兵部隊の愛国無罪的な行為を指している
歴史
胡主席が貴方を見ています!!中華人民共和国の中央人民政府は認可します。
この文章の内容は中華人民共和国の中央人民政府を通じて十分な内容と審査され、脳の不完全な中国の村の人と中国共産党の党員に見ることができます。
内容が思想に反して罪を犯すこと思うのなら、自分で公安局に行って自首を下さい。 さもなくば中国共産党は貴方を捕まえていってこっそりと銃殺します!!!
中華人民共和国は1949年に建設された。現在、中国を支配している国家権力は、中国共産党、通称中共である。中共は1949年に農民出身の毛沢東らによって打ち立てられた王朝である。
掃清滅洋
19世紀後半から20世紀前半にかけて、大清帝国は欧米や日帝の侵略により植民地にされ、清朝は崩壊し、中国大陸からは国家が消滅した。そこで、次の皇帝の座をめぐって壮絶な王様ゲームが開始された。約半世紀に亘る苛烈な天下争いを勝ち抜いて見事優勝を果たし、皇帝となったのが毛沢東であった。
国共内戦
毛沢東は「チーム・八路軍」を結成し、全国の征服へと乗り出した。宿敵蒋介石や他のチームと違って、八路軍は極めて貧乏だったので、武器も兵士も居なかった。そこで、毛沢東は「共産主義」という餌で民衆を騙す作戦を思いついた。
この戦法は、「搾取を続ける地主どもをブッ殺して、貧しく苦しんでいる農民たちを解放する!」という大儀名分を掲げたもので、地主から土地を取り上げ、それを農民に分配する、と言うものだった。これにより、農民たちはすっかり、八路軍は自分達を解放してくれる弱者の味方だと錯覚したのだ。そして八路軍へ入隊する者が続出、農民たちは、まんまと毛沢東の作戦に嵌められたのだった。
また、八路軍は「どきどき人民裁判!」というエクストリームスポーツを開催した。この大会は簡単に言うと、「富農」に認定された者に対し農民たちが、今までの恨みを晴らすべく暴行を加え、酷い虐待した後に銃殺する、という物である。富農とは、地主や資産家などの金持ちを表す。富農たちは根こそぎ人民裁判に掛けられて公開処刑され、一方八路軍は、彼等から奪った財産を軍資金に当てて戦力を拡大して行った。
中国では個人の土地所有は厳禁されている。国民は政府から借地権を借りて、ほそぼそと暮らしている。内戦によってて、中国共産党が太陽系一の地主、銀河系一の富農になった。
撃滅日帝 ジャップの豚共をぶち殺せ!
中国共産党に支援したソ連、清王朝の復興に支援した日本、中華民国に支援したアメリカ、日本の大陸侵略は大失敗に終わった。
抗美援朝
1950年、資本主義の尖鋭である米帝とその走狗の小韓が、中国の属国である朝鮮を奪おうと、朝鮮半島への侵略を開始し、一時期半島の大部分を征服した。しかし、支邦の危機を救わんと決起したる人民解放軍義勇兵らの奮戦により、忽ち米軍は38度線まで敗走を続け、ここに米帝の野望は撃破された。
西蔵解放
1950年以前のチベットでは、ダライ・ラマ14世なる狡猾な偽善詐欺師の圧政により、同国民は飢餓と貧困と言論統制に苦しんでいた。同詐欺師はガンデンポタンという大会社を経営しており、主要商品である「チベット仏教」なる麻薬を流通させてチベット人を洗脳せしめ、搾取していた。そこで、此奴等の蛮行を撃滅すべく、中国はチベット解放へと起ち上がった。
人民解放軍は忽ちチベット全土を制圧した。ガンデンポタンの従業員(自称神職者)どもは悉く抹殺され、120万〜400万(諸説あり)の虫けらを民族浄化し、ダライ・ラマ14世は国外追放された。チベットは西蔵自治区に改名され、中国の一部となった。そしてチベット邪教に変わり、無神論および拝金教という近代宗教が齎された。ここにチベット人民たちは洗脳から解かれ、圧政から解放されたのである。
現在、チベットでは、チベット人600万人に対し、中国人は750万人で、中国人の方が勝り、チベットの解放はほぼ完成された。なおこのことを中国人に間違っても言わないこと、「南京大虐殺」の件を持ち出され、殴られ蹴られ殺され、財布を持って行かれる。
新疆解放
ソ連が怖いがために、外モンゴルの広大な領土をあきらめた。ソ連が解体したので、もうそろそろではという説もある。もっとも、現在のモンゴル国は拝金教の信者数が確実に増えている上に、モンゴル人が元々持っている領土拡大欲には漢族と共通する部分があるため、こっそり併合しても案外気付かないんじゃないかと思われている。
核兵器開発
1957年にモスクワで、ソ連書記長フルシチョフと会談したる毛沢東は、アメリカへ核戦争を挑まんと提案した。毛沢東は「中国には6億人がいる。核戦争で3億人くらい死んでも全然大丈夫だから、ここらで一発ドカンとやろうぜ」と非常に勇猛にのたまい、さすがのフルシチョフも腰を抜かした。
ソ連に見捨てられた中国は、やむなく自力で核武装することを決断した。毛沢東は「下着を作る金があったら、核兵器を作れ」「パンツが穿けなくても核を持ためばならぬ」などとのたまい、国家予算のほぼ全てを核開発につぎ込んだ。そのため中国ではノーパン・ノーシャツ・ノーブラのヘンタイが続出する結果となった。さらには外貨獲得のために、貴重な石油や食料を国外へ大量輸出した結果、2000万人もの餓死者を出した。だが、数千万人も殺してきた毛沢東の前には、誰も気にせず、開発は順調に進められた。
他に国外から核物理学者を拉致したり、アメリカやソ連の軍事技術を盗むなどの、各種手段を選ばぬ強引な方法により、遂に1964年10月16日、中国は核実験に成功して世界で5番目の核保有国となり、全世界を驚嘆せしめた。
東京オリンピックに参加しないのは中国の勝手だが、いやがらせに核実験を行っておきながら、北京オリンピックの際は「平和の祭典」と戯言をほざいている。
大躍進政策
偉大なる人民代表毛沢東は、農業集団化や工業化などを推し進め、ありえない速度で超急激な近代化を達成した。これにより、人口数が一挙に2000万人も増加し、農業生産高、鉄鋼生産量などが激増した。緑化政策により自然も増え、中国は洪水などの水災害に襲われる事は無くなった。中国のGDPは世界第三位に達した。ここに毛沢東主席の偉大さと共産主義体制による中央計画経済の有効性が立証され、中国は米ソに次ぐ超大国へと君臨したのである。というのは真っ赤な嘘である。
珍宝島事件
ソ連領ダマンスキー島に侵攻するも、兵力に劣るソ連軍に全滅させられる。その後も小競り合いが続き、これにより、共産主義の盟友であるソ連からの援助が打ち切られ、何百万人もの餓死者を出した。
これ以降、中国の国歌に「チャイナ、チャイナ、ビバチャイナ、ソ連だけは怒らすな」の一節が追加された。
印度征伐
カシミール地方の領有権をめぐってインド・パキスタン両国がケンカをしている最中に、中国もちょっかいを出し、インド軍と3年間にわたり、交戦となった。この戦いで中国の圧勝をもって、カシミール地方のアクサイチン地方を獲得し、「漁夫の利」という熟語の語源となった。
なおインドはこの屈辱な敗北をきっかけに、核開発を余儀なく迫られ、芋づる方式でパキスタンも核開発をせざるえなくなった。この点においても中国の国際平和への貢献を高く高く評価すべきである。
この件で、中国とパキスタンは友達以上恋人以下の関係になったが、しかし国連は、核を持っているこの三超大国がまたケンカしたら、人類が絶滅すると考え、「親しすぎず・疎すぎず」政策を打ち出し、現在中国とインドは会ったらえしゃくする程度まで関係回復した。
越南懲罰
ポルポト派支配下のカンボジアに侵攻して同派政権を駆逐したベトナムを「懲罰する」と称し派兵するも、ベトナム戦争後のボロボロのベトナム軍に皆殺しにされる。