とあるニワトリが旅の途中で立ち寄った馬小屋にて生を受ける。誕生とともに数千万羽の鶴が祝福に飛来し、光と虹が周囲に満ち溢れ、20里離れた隣町までもまぶしく照らしたとのことである。「卵ではなくひよこの姿で誕生された」とも「パズル状にひび割れたジャガイモからお産まれになった」ともいわれ伝説となっている。この伝説のひよここそが、ひよこ陛下その人である。この時の名前は不明、ゆえに黄金のひよこちゃんと呼ばれるようになり、陛下となることが公になる前は黄金のひよこ一世の愛称を持つ。生みの親は出産して1週間後に亡くなり食用となってしまった。このことを知るのは彼が陛下になってしばらく後だということだ。彼は幼い頃から飛ぶことを試みようと企て、これを見事に成功。このことから奇跡の生き物と評された。黄金のひよこ一世は、人間どもをはるかに凌駕する知能と、テレパシーという超能力を持つことまでも成功した。
彼は大きくなってニワトリになるのは嫌だと主張して、彼は一生涯ひよこになる能力を付けた。その能力は一切不明でニワトリどころかひよこのままというかわいい状態として生き続けることとなったが、心無い馬鹿が地日立ち日だとか一生ひよこだと罵る輩もいたようだ。
こういった功績から彼はマスコミにも注目されるようになった。しかし彼はこれを動物タレントか!!と思ったようで拒否、公の場に現れることは殆ど見られなかったものの、このはっきりした性格から人間からも支持されるようになった。
しかし彼の活躍が薄れることを嫌ってか人間が彼を頂点に立てようと試みたものの、彼はこれを拒否した。それでも多くの人間がこれを署名したことから彼は頂点に立とうと決意、そしてひよこ大王国を建国した。そして彼はひよこ陛下と称することとなった。最初は苦労の連続だった。ひよこがトップということで他の国に対して見下されるということがいっぱいあったという。ましてやのび太国のトップである野比のび太にすら罵られたほどであった。このことからこの国の外交は下手であったと嘲笑された。 陛下は御行幸の際には最も信頼できる人間に乗って各地を渡る。ちなみこの手は最も信頼されているSP
しかし彼の才能、つまり彼の思想や芸などによって他の国々を圧倒、見事に見下されることはなくなり外患はなくなった。しかし最大の問題は内憂であった。外患によって引き起こされた戦争を起こす緊迫感や挑発行為がなくなり、この国の国民に平和ボケが生じてしまった。たとえば仕事をしないNEETやオタクがあふれ出してこのことにより彼は悩んでいる問題の一つである。これは日本でも同じことが起こっている。また田代まさしにカメラを付けようと試みたが彼は田代だと知り、田代に攻撃をしたものの、田代はカスめと馬鹿にして彼の意識をなくそうとしたが、ピープルパワーによって田代を撃退、かろうじて彼は生き延びたのである。国に対してよりも個人に対して警戒を持つようになった。これによって公の場に出てくることが激減した。
このほかの外交関係では、ワンチン(正式名称はあまりにも長いため省略)に対して友好関係を結んでいる。ワンチン国王も彼の才能を知って軍事国家として世界最大という銘打ってもどのような仕打ちがくるかわからないと畏怖している。一方のワンミン王国は友好関係を持っていない。たとえ、この国に宣戦布告を出されてもワンチンが防衛するという軍事協定を結んでいるためワンミンに滅ぼされることはないとされる。したがって、そういったことによりこの国の外交情勢に対しても万全を期しているとされ注目されている。この万全の外交は、以前からひよこだひよこだと陛下を甚だしくおちょくっていた友好関係のないのび太国に対して、織田信長が戦争を仕掛けた際に即座に参戦できたことにも表われている。 陛下のご家族。写真左皇后陛下、右が皇太子殿下
彼は皇后との間に15羽の子供を儲けたり、弟達に家族を作らせたりすることで後継問題に対策をしている。しかし、彼の親戚を名乗る悪者がおり、更には皇位を奪おうとする者が出現する等、皇位継承は不安定となっている。
彼の人脈は非常に多い。世界中の要人から近所付き合いの知り合いまでと1万人以上もいるようだ。しかし陛下はその1万人をおろそかにしないようで常に連絡を取り合っている。ただどのような手段で1万人もの人々と連絡をしているのかは不明である。近年ひよこ陛下は体調を崩され、危篤状態であったが、2007年5月20日未明、ヒヨコバルカン癌のために崩御された。
しかし翌日、葬儀で、カラスが写真や菊の花を食い散らかす、棺桶の上に若者が乗って「祭りじゃ祭りじゃ!」といいながら、棺桶をみこし的な扱いをしたなど、さまが余りにも酷いものであったため、怒り心頭で復活した(その中でも一番腹が立ったのは、喪主が10回以上もカンだことだったらしい)。
福岡県のひよこ業者がひよこ陛下のお姿を不届きにも広告として独占せんと企み、こともあろうに東京特許許可局に立体商標として登録し、あまつさえそれを行使し金銭を巻き上げようとした。しかし、勇敢なる二鶴堂をはじめとするひよこ陛下派のひよこ業者が「人類の慕うべきであるひよこ陛下の御姿を独占せしめんとは何事か!」として取り消しを求めた裁判を起こし、裁判所もこれを認可、即効取り消し判決を下したため人類の危機は辛うじて免れた。これに対し、東京特許許可局の衆愚なる役人どもは「書類が揃っていたので・・・」と苦しい言い訳。当のひよこ業者は沈黙しているが、ひよこ陛下派筆頭ひよこ業者の二鶴堂は「正義は勝!」と語り、見事ひよこ陛下を守ることに成功した。
⇒世界ひよこ陛下像一覧
戦争の世紀
ひよこ戦争 愛馬にまたがり戦場へと赴くひよこ陛下(記録映画「偉大なる陛下〜ひよこ一匹、天下統一〜」より
ひよこ戦争は、ひよこ陛下が本当にひよこ陛下であるのかないのか白黒付けるために勃発した戦争。この戦争は断続的に続いたため、ひよこ暦2年〜3年の間に発生した戦闘をまとめて第一次ひよこ戦争、同5年〜8年に発生した戦闘をまとめて第二次ひよこ戦争、同13年〜14年に発生した戦闘をまとめて第三次ひよこ戦争、同17年に発生した戦闘をまとめて第四次ひよこ戦争と区分する。
第一次ひよこ戦争(H2年〜H3年)
H2年、ある学者がひよこ陛下がなぜひよこであり続けられるのかという疑問をもったことがことの発端である。この学者は、一生涯ひよこになる能力とは一体どんなものであるのかという研究を始めたが、いくら研究してもさっぱり分からなかった。しかし学者はめげずに研究を続けていたある日、偶然目にしたひよこ陛下の写真を見て驚愕した。
「どうみてもおもちゃです。本当にありがとうございました!」 陛下、敵襲です。