この記事は秀逸な記事だよ。書いた本人とひよこ陛下が言うんだから間違いない。より素晴らしい記事にできるってんなら、してみやがってください。お願いしましたよ。この記事「平和」は何故か「アンディクショナリー」にも項目がありダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。 ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「平和」の項目を執筆しています。
平和(へいわ)とは、戦争以外の状態である。ちなみに、戦争は武力外交の一つで、対義語は会話。平和の反対は混沌である、ということが浸透していない。
目次
1 概要
2 平和と、様々な背徳
2.1 怠惰・堕落
2.2 欺瞞・まやかし
2.3 幻想・妄想
3 別の視点
3.1 冷戦
3.2 東西対立以降
3.3 究極の平和
4 関連項目
概要
平和は、「常に・継続的に、等しく・須らく・尽く・概ね・普遍的に」という有様で狂っている人間にあっては、珍しく争っていない状態である。この中には、怠惰や堕落の他に欺瞞ないしはまやかし、あるいは幻想といったものが内包されており、この微妙な力関係によって成立する状態である。
この状態を物理的なモデルを使って表そうとすると、もっとも判りやすい例が「将棋崩し」である。この状態ではカオスによって支配された均衡が、僅かな外的要因によって崩壊しうる。
なお将棋崩しではこれを「駒の山を崩さないように、駒を取り合う」という競争(アゴン)が発生し、また駒の状態は偶然(アレア)によって決定され、この関係は実際社会の競争から戦争に至る過程を象徴する。つまり平和とは将棋崩しをするために、箱に駒を入れて撹拌し、将棋版の上に引っくり返して作り上げた山の、平衡状態に他ならない。そして駒の取り合いという形が、所謂「戦争」の状態である。
平和と、様々な背徳
平和に内包される概念は、上に挙げた通り怠惰や堕落、欺瞞やまやかし、あるいは幻想(妄想)といったような、概ね背徳的なものである。これらを全て取り除くと、そこには人間自身の狂気や敵愾心、あるいは欲望といった概ね好ましからざるモノ位しか残らない。以下に、その平和の主成分である各々に関して説明する。
怠惰・堕落
平和に於ける怠惰は、概ね競争意識の欠落から発生する、状況や時代の変化を望まないという状態である。これらでは、文明は停滞し、発見や発明は滞り、向上心が無いことから学生は勉強を好まず、社会人は酒を飲んで愚痴を垂れて自発的な行動はせず、無業者は自慰にのみ熱心である。
このような退廃的状況においては、やがてそのうち誰もが長椅子に寝転がりながら、ポテトチップスを食い散らかし、テレビの三文ドラマを眺めつつ放屁するようになる。
事実、第二次世界大戦当時ですら国内では戦闘が行われずに長い間、平和であったアメリカ合衆国の全人口のうち1,580万人(全人口の約12.9%・2003年労働統計局発表)がそのような怠惰な人たちで占められている。日本でも、同大戦以降は国内で平和が続いているため、余りに堕落しすぎて勤労意欲も学習意欲もないNEETないし高等遊民と呼ばれる堕落した人たちが存在し、2005年の予測値では103万人を超えている。
欺瞞・まやかし
平和な時代には、怠惰で堕落しきった人間が増加、危機感が薄れて欺瞞やまやかしが横行する。その好例が悪徳商法の跋扈である。これらは、余りに平和ボケした連中を食い物にするため、やはり同程度に欲ボケした連中が、ゴミや屑やカスや不良品を売り付けるという状態が見られる。
またこの「ゴミや屑やカスや不良品」は何も悪徳商法に限らず、様々な面であふれ返る。政治の世界では「ゴミや屑やカスや不良品のような政治家」があふれ返り、「ゴミや屑やカスや不良品のような連中」が学歴詐称や履行しない口約を吹聴し、その「ゴミや屑やカスや不良品のような輩」が自分がさも大層な存在であるかのような自称をする事で大衆の嘲笑を買っている。
平和な時代には、社会全体に「ゴミや屑やカスや不良品」があふれ返る。そしてそれらにはウジがわきカラスが突付きネズミが齧るといった状況も発生する。
幻想・妄想
平和は、しばしば非常に貴いものだとする幻想・妄想も見られる。これらは平和な時代には「親しい誰かないし自分自身が殺されなくて済む」というその一点を持って多くの支持者を集めている。その一方でこの「親しい誰かや自分自身」の集合である人類の存在によって、地球の環境は常に脅かされており、これは戦争で適度に間引かれずに平和な時代が長く続き、人間の持つ「異常に繁殖しやすい」という傾向から、非常に大きな問題となる。
また、平和な時代には娯楽や文化が発展する傾向があるが、これがそもそも誰かの妄想によって生産された、自慰の代用品である。しかしこの自慰の代用品をこよなく愛用する向きは、平和の大切さを吹聴している。これはオタクに顕著な傾向であるが、兎に角これらの愛好者は平和に依存して生きている。
そのような文化媒体や娯楽作品は、社会にとって最も不要極まりないものであるため、戦争状態になれば真っ先に切り捨てられる。このため、これらに関連して生活の糧を得ている、或いはそれら以外に何ら生産的な能力を持たない、平和な社会に寄生するしかない連中は、平和の尊さを説いて自分の生活を保護しようとしている。この場合、彼らは「平和主義者」ではなく「安全主義者」である。また戦争中、自国に対して停戦活動を呼びかける「平和主義者」は無意識的に利敵活動を行っていることに気づいておらず、利他主義の皮をかぶった利己主義者である。
「お前は自分が『悪』だと気付いていない、最もドス黒い『悪』だ」 - ウェザーリポート
しばしば「貧しい国の子供にワクチンを」などという名目の募金の呼びかけが行われるが、そのワクチンで助かった子供が将来民兵や汚職役人・警察官となって略奪、女性・子供に対する暴行、レイプを行う可能性は非常に高い確率で存在するということを全く考慮していない。そしてその結果また「貧しい子供」が生まれてしまうのである。単に平均寿命を延ばすだけではいたずらに犠牲者を増やすだけなのである。寧ろ爆撃を行って皆殺しにしたほうが犠牲は少ないのである。