全裸
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全裸(ぜんら)とは、生物として何も足さない、何も引かない、外見的に最も素直で洗練された状態。自然体。等身大の自分。
目次

1 概要

2 人間の場合

2.1 差別的な扱い

2.2 全裸という状態

2.3 差別への反発

2.4 普及活動


3 動物の場合

3.1 擬人化


4 接尾語として

5 関連項目


概要

生物の大多数は常に全裸である、と指摘するのは衣服に依存してきた人類である。これは生物の中で人類が最も未熟であり、ウソをつくのが避けられないを歩んでいることを悔やむ心情を示している。まれに自然体でいる人間が見られるが、ひとたびウソツキ人間に発見されると「包み隠せ」などと素直でいることを禁じられてしまう。これは衣服をまとった人々がもつ全裸へあこがれの裏返しであり、もはや病的なまでの嫉妬に狂っているのである。そして現在、全裸は「見た目が特殊であることから嫌悪の対象となりうる」というでっち上げの根拠をもって有識者の間で常識化されてしまい、一般論として用いられるようになってしまった。このため全裸は差別的な扱いを受けることが多く、様々な問題や衝突を生んでいる。
人間の場合

全裸でいる人間がいた場合、いくら中立の立場を守る人物ですら「他のヒトと同じように、せめてパンツぐらい着用しなければいけない」と諭すというほど異端視されている。このため公共性の強い場所では、全裸の人間を見かけることは稀である。
差別的な扱い

公共性の高い場面ほど、全裸が非難に晒される傾向が強い。近年では「自然体であること」の評価が高まってきたため、全裸を直接批判するのを忌避し、性器または陰毛についてのみ言及するスタイルが多い。 譲歩案であるにもかかわらず不当に忌避される芸術的な演出の例

テレビ放送
放送時に全裸の人物が現れると、そのあらゆる箇所がモザイクによって隠されたり、生放送であった場合には即座に場面を切り替えてしまうなど、執拗な差別を受けている。お笑い芸人の事例が多く、放送局が寝ぼけた男性芸人の性器に着目して謝罪した事件があった。またトルコでもこの風潮があり、日本から親善にやってきた男性芸人を精神的に追い込むほど過激である。なお温泉に入浴している女性や、スタジオの後ろの方で立っている水着姿の女性など全裸に近い人物が映ることがあるが、「もう少し何か身に纏うべきだ」という批判が出た例はなぜか滅多に耳にしない。

写真
写真集は、チャンネルを変えるだけで見られてしまうテレビ番組よりは、公共性が低いと思われる。そのため全裸が載せられていることは少なくないはずだが、ここでも差別があると疑わざるをえない。実際に全裸が多いとみられるヌード写真集を紐解いてみると、全裸の上になんらかを着用した作品が多いことに驚く。またグラビアでも着衣の作品が多くを占めており、差別意識が写真家という業種に根ざしていると考えられる。

風俗
人間同士が異常な状態を晒しあう最たるコミュニティである。よって全裸が批判されることはないはずであるが、なぜかここでは特に強い嫌悪をもって叩かれてしまう。実際に被害を受けた者によれば、ロウソクのロウを身体のあらゆる部分に直接垂らされたり、競走馬のように跨られて鞭でぶたれる、性器をで散々踏まれるなどというおぞましい待遇を受けるようである。これ以外にも陰惨たる嬲りの例が存在するのだが、ここに記述するのさえ気がひけるので割愛する。
全裸という状態 裸って素晴らしい。

全裸の人間は全体にわたってほぼ単色であり、これが人格の複雑さとのギャップを強く感じさせているのが差別の原因と考えられる。しかし大抵の成人ならば頭髪・眉毛・睫毛・陰毛はそろっており、ある程度はギャップの解消が起こっていると思われる。その証拠に、スキンヘッドかつ全裸の人間と、ただの全裸の人間とをならべてみれば違和感の強さが比較できるはずである。それでもこうした単色であることに由来する全裸への差別感情を気にかけ、さらに自己の身体に消えにくいデコレーションを施す者も多い。

また、全裸の定義に関し、全裸を愛好する者から異論が噴出している。

「全裸差別者が「全裸」を婉曲し、「うまれたままの姿」という呼称を用いることがあるが、ならば我々は全裸ではない」と主張するのである。たしかに新生児は全裸で分娩される。しかし羊水によって全身に亘ってむくんでおり、成人のそれとは似ても似つかない。また成人の裸体が、母体の様々な液体によって常にヌルッヌルになっている訳ではないことからも、納得のいく意見である。

なお「一糸まとわぬ姿」という言い回しも使われるが、全裸愛好者からは「一糸ぐらいなら着用しても構わない」として頭髪や陰毛に黒い糸を一本織り込み、これを根拠に「全裸である」という指摘への抗弁を獲得していることが物議を醸している。
差別への反発

いまだに根強い差別への反発心から、あえて野外を全裸で歩くといった者がひそかに存在する。当然、往来の多い時間帯・場所では非難や暴行を買うので避け、早朝や夜、昼でも平日はひとけのない公園や山道・海岸などを選ぶようである。もちろんこういった行為が差別感情をもった者に見つからないよう、気をつける必要がある。また、警察の中にもそういった観念に囚われている者も多く、彼らに発見されると拉致・監禁を受けてしまうことがあるため、充分注意しなければならない。

こうした動きに対し、平等を目標に掲げるといった背景のある国においては「ヌーディスト・ビーチ」などの全裸で歩ける野外スポットを設けている場合がある。日本では老人や妊婦、そして差別的扱いを受けた歴史をもつ障害者に対しては、車両に「優先席」を設定するといった優遇措置が存在する。ならば、全裸に対しても優先席程度の配慮があってしかるべきだという声も、当然の意見として受け取らなければならない。
普及活動 件の全裸彫刻

全裸をめぐっての対立は歴史的に古いものであり、各派ともに様々なプロパガンダを行っている。全裸の普及に関しては、芸術家による活動がめざましい。

活動家の中でも最も実績の多い分野である美術を例にとると、過去の作品を参照すればその活躍は一目瞭然である。イタリア・ルネサンス期の巨匠ミケランジェロは老若男女すべての人物を若々しい肉体に描くことにより、全裸のうつくしさや神秘性を世にうったえた。ところがこの時代の差別主義者によって、作品に似つかわしくない不当な修正を加えられた経緯もある。またミケランジェロは、実際の若々しい肉体とのふれあいを目的に全裸彫刻を製作したが、ガラスで仕切られるという妨害工作をまたしても受けてしまっている。こうした精神をうけつぎ、現代の美術家が全裸とのふれあいイベントとして「ヌード・デッサン」を企画することがある。


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出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:Mamenoki