ソレナンテ・エ・ロゲ
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ソレナンテ・エ・ロゲ(Sorenant et Roage, Sorenante-Hait Roguet, 1599年 - 1669年?)は、フランスの評論家である。主にアダルトゲームに関する批評を多く行った。なお、ソレナンティエ・ロゲ(Sorenantier Roget, 1863年 - 1937年)と同一人物とする説もある。

カナ表記に関しては、「ソレナンテ=エ=ロゲ」という綴りが一般的となっている。フランス語ではSorenante-Hait Roguetが本来の綴りだが(Sorenant et Roageではソールナン・エ・ロージュになってしまう)、日本では草民達のプロパガンダのビラ中の誤記によって上記の綴りが広まり、現在では「ソレナンテエロゲ」と無節化された呼称も用いられている。一部では脛毛が凄かったため「sneg(スネゲ)」と呼ばれることもある。
目次

1 略歴

1.1 少年時代

1.2 エロゲープレーヤーからエロゲー批評家へ

1.3 晩年


2 社会情勢の関わり

3 功績

3.1 表面張力の発見


4 関連項目

5 参考文献


略歴
少年時代

1599年、フランスのパリ郊外に生まれる。父親はルイ王朝の下級官吏であったが、先祖はローマ帝国時代のエロゲ職人であったとされる。ソレナンテは、当初父親の意を汲んで官吏登用試験に挑戦するが、満足な結果は得られなかった。一方、幼少時代から興味を示したエロゲには抜群の適性を示し、弱冠15歳にして、プレイしたエロゲの数は500を超えていたという。
エロゲープレーヤーからエロゲー批評家へ

20代前半にして既に1000を超える数のエロゲーをプレイしていたソレナンテは、常人よりもエロゲーを見る目が肥えており、彼は自らが管理するウェブサイトにエロゲー感想論説『感感俺俺』を掲載し始める。当時のフランスはエロゲーに関する情報は非常に少なかったが、潜在的な需要はあったと見られており、その需要の高まりにソレナンテの的確な評論や批判は多くの注目を集め、エロゲーを買うときの指標としてフランス語圏のユーザー誰もが参考にするほどとなっていた。最盛期にはアマゾンの広告収入によって年間80万フランを稼いでいたとされているが、ソレナンテはそれら全てをエロゲ(及び関連グッズ)の購入費用に充てていたという。また、官吏登用試験受験時代に知り合った学友の多くは、王朝の中枢部にあって社会に強い影響力をもっており、彼らの経済的・社会的助力によってソレナンテの探求は支えられていくこととなる。

サイトの開設から3年が経過した頃、ソレナンテの洞察力と文章力に目をつけた某アダルトゲーム雑誌から、編集長直々にソレナンテに寄稿依頼を申し出る。ソレナンテはこれを受諾し、以降はありとあらゆる雑誌に自らの評論を掲載させることになる。

30歳でエロゲ情報月刊誌コンブティーク(Competique)を創刊する。後に角川家のお祭りに関係して発行・出版元が角川書店に変わる。また、この頃からは色々な種類の「属性」の研究を始めており、1642年に出版した『妹萌論』『姉萌論』などを皮切りに、それまで雑多に扱われていた「属性」を多種多様な個性とするに到り、細分化されたジャンルにおいてのエロゲ普及に尽力した。
晩年

しかし、ソレナンテの晩年は悲惨なものであった。自身のライフワークとしていた『属性大全』の著作中、それまでに無い量のエロゲーをやりこなしていたとされており、その影響から精神に異常をきたしてしまう。この異常は1657年に「なぜ俺にはフラグが立たない」と叫んでコンブティーク誌の編集から身を引いた頃から散見され、次第に現実とエロゲーの境目がつかなくなっていったという。

知り合いの恋愛話を聞いても以前にプレイしたエロゲー中にあったエピソードのような気がして「それ、なんてエロゲ?」と聞くなどのエピソードもあり、生活全般に支障が出るようになってくる。またジップデクレ伯爵夫人を相手に「それ、なんてエロゲのお兄ちゃん大好き妹?」と発言し、侮辱したと受け取られて裁判となり敗訴。賠償金の支払いから多額の借金を抱えるようになる。

かつてはソレナンテを頼っていた親戚・友人なども離れてゆき、その後破産している。1659年、マルキ・ド・サドらと共に狂人を保護する修道院に入院・隔離される。その後のことは記録に残っていないが、ソレナンテはここでその生涯を孤独に終えたという。植物人間となり、以後意識を取り戻すことなく死亡したとも言われているが、真相は定かではない。一説にはモンゴルに落ち延びて、チンギス・ハーンになったとかならないとか。その後、彼のDNAは曾孫であるシャルル・デッテイウに受け継がれ、現代の思想に一定の影響を与えている。
社会情勢の関わり
功績 「それなんてエロゲ?」
~ エロゲ について、ソレナンテ・エ・ロゲ

この有名すぎてあれすぎる言葉は、彼が37歳の時第986回エロゲ討論会の演説中に言った名言である。この言葉を演説中というあれすぎるシチュエーションで言えたという事からも、彼の評論家としての才能を垣間見る事ができる。

また、属性研究の第一人者としても評価が高いが、一方で彼の提唱した需要の細分化は極端な属性の頻出に繋がったとしてあれだと見る動きもある。



表面張力の発見

ソレナンテは、ツンデレやツッパリを構成する力を発見した。この力が、表面的にはつい意地を張ってしまうように働くことから、表面張力と名づけられた。

またソレナンテは、表面張力が以下の数式で表されることを示した。表面張力(単位Sneg)=ロゲ係数×(ツン/デレ)

ここで、ロゲ係数は定数である。
関連項目

ググレカス

モノウ・ルッテレ・ベルジャネーゾ

ヒキコ・モリ

ジャック・ロゲ

参考文献

モノウ・ルッテレ・ベルジャネーゾ 『それ何てエロゲ?』 民明書房<文庫版> 1993年 (ICBM 801801801)

ソレナンテ・エ・ロゲ 『妹萌論』『姉萌論』 ミュンヒハウゼン出版 1642年 (ICBM 07210721)


この項目「ソレナンテ・エ・ロゲ」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。


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出典: フリー誤報百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:Mamenoki