この記事は秀逸な記事だよ。書いた本人とひよこ陛下が言うんだから間違いない。より素晴らしい記事にできるってんなら、してみやがってください。お願いしましたよ。 ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「シュレーディンガーの猫」の項目を執筆しています。「猫じゃ猫じゃとおっしゃいますが、猫が壁をすり抜けて、笑顔浮かべて来るものか。オッチョコチョイのチョイ」
~ シュレーディンガーの猫 について、アルベルト・アインシュタイン「お前はもう、死んでいる」
~ シュレーディンガーの猫 について、ケンシロウ「状態を確定させたら負けかなと思ってる」
~ シュレーディンガーの猫 について、ニート・24歳・男性
シュレーディンガーの猫(しゅれーでぃんがーのねこ)とは、平行宇宙に無限に自分の虚像を投射することで存在していると考えられている、猫のような生物(UMA)ないし「存在」、もしくは「現象」あるいは「箱」である。
目次
1 概要
1.1 タモリ説
2 目撃例と存在に対する解釈
2.1 目撃報告例
3 シュレーディンガーによる誘引装置の報告
4 関連項目
概要
この猫のような生き物ないし「存在」(以下「猫」)は、平行宇宙において、ちょうど合わせ鏡に写ったかのように並列している多次元的な存在で、平行宇宙の間に存在している次元の縁を無視し、相互作用を発生させると考えられている。
※ディルレヴァンガーの猫とは別物である。
この猫が確認された最も古い記録は、数学者であるチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが、当時10歳のアリス・プレザンス・リデルの証言を元に書き記したものである。ただ、幼いリデルの目撃証言は少々空想が入り混じった不明確なもので、当時この報告を聞いたり読んだ関係者は非常にエキセントリックな御伽噺と誤解したため、ドジソンは失意から精神的に不安定な状態になり、寓意を込めた物語風に真実を隠蔽して、ルイス・キャロルのペンネームで原稿を仕上げ、1865年には書籍として出版された。これが今日良く知られている『不思議の国のアリス』である。作中、「チェシャー猫」と呼ばれる登場キャラクターがそれで、後にウォルト・ディズニーが「良く親しまれている御伽噺」として1951年にアニメーション映画を作製した際には、実際の「シュレーディンガーの猫」目撃事例をモデルにキャラクターを作り上げたことは、関係者筋では有名な話である。
この猫は今日、理論物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーの名にちなみ、シュレーディンガーの猫と呼ばれている。これ以前にも度々この猫を捕獲しようと試みた者もいたが、猫は平行宇宙に自身の虚像を投射することで存在しているため、その存在は我々の次元という側面から言うと、「そこに存在すると同時に、そこには居ない」という極めて曖昧なものであったため、ことごとく失敗していた。彼の功績は、度々目撃されていたこの奇妙な存在を、初めて意図的に発現させることに成功したことにある。彼は特殊な装置を用いて、この猫を誘引ないし発現させることに成功した。
タモリ説
この猫は世にも奇妙な物語のタモリだという説がある。しかし同時に、「奇妙な物語以外のタモリ」はこの猫ではないとされている。故にこの二つのタモリは別物だが、その二者は連続性によって同一のタモリだと確認されているため、この二者は一人のタモリだが、奇妙な物語のタモリはこの猫であり、それ以外のタモリはこの猫ではない。この連続性におけるタモリの唯一性は時空間レベルで同一ではあるが、タモリのシュレーディンガーの猫性において同一ではない。これは五次元方程式におけるガロア理論によって求めることができると考えられているが、現段階においてシュレーディンガーの猫性自体が定数化できないため、タモリのシュレーディンガーの猫性における解も出ておらず、検証不能である。
目撃例と存在に対する解釈
この猫に似た存在は、「可能性」という面から分岐している並行宇宙のいずれにも関係するが、そのいずれにも属さない。これは例えるならば、我々が水面に顔を映した際に、その水中には我々が居ないことと同じようなものである。
実際にこの猫状の存在に対しての接触事例も存在し、目が覚めたら枕もとにいたので、動物の猫をなでるように撫でたとする証言から、第二次世界大戦当時のパイロットの証言として「高度4000フィートで飛行中の翼の上で毛繕いをしていた」という例まであり、また有名なケースでは戦艦ミズーリ上で行われたポツダム宣言署名時に、降伏文章の上に猫が寝ていたため追い払おうとしたが、居合わせた誰もがこの猫を持つことはおろか触れることもできずに、約15分の間だが調印式が中断した。後日、この会場を撮影していた如何なるカメラからも猫の姿は無く、集団幻覚として関係者に緘口令がしかれていたことが、つい近年になって明らかにされている。
これは次元性の解釈の相違ではあるが、この猫状の存在は、水面と我々の像という関係を、我々の属する3次元を対象に行っていると今日では考えられている。しかし、この存在に対する理解が不十分な時代には、これを一般の猫という動物と同じように、網なり罠なりを仕掛けて捕獲できると考えられてきた。これは先に挙げた「普通の猫のように触れた」とする目撃例を参考にしたものだが、このような試みは、ミズーリ艦上の事例が語る通り、ことごとく失敗している。
おそらく、この存在は任意の次元に自分を投射する能力があり、しかもそれを自由にコントロールできるものと推察される。ミズーリ艦上の事例は、その点で非常に興味深い事例である。まず第一に、この存在は三次元上に、我々が水面に落としたかのような影を投影することができるといえるだろう。我々は、水面に自分の影を投影することはできても、その影をすくってとっておくことができないのと同様である。加えて、調印式を撮影し後に現像された写真中には写っていなかったが、これはこの存在が、二次元上には投射されない性質のものであったと思われる。この時、目に見えていたのは眼球の半球状になった網膜への立体的な投射像であったために、写真には写らないが目には見えていたことの理由だと解釈されている。
目撃報告例 ※ここに挙げた報告例のリストは全てでは無く不完全である。
1863年のアリス・プレザンス・リデルによる証言。(瞬間的にではあるが、ドジソンも後に目撃したという)
1883年にフランスで普通の猫のように撫でられた後、ベッドと床をすり抜けて、階下に落ちていったとする証言。
1896年の第一回近代オリンピック(アテネ大会)会場内で、観客席に猫の幽霊が出たとする騒動。