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~ エロゲ について、ソレナンテ・エ・ロゲ これ、何てエロゲ? それ、何てエロゲ? あれ、何てエロゲ? どれが何てエロゲ? ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「アダルトゲーム」の項目を執筆しています。
エロゲとは、エロゲームの事である。目的は成人男性または思春期の男性を性的な物で喜ばせるためのもので、エロゲの魅力は万国共通なのである。高校受験、大学受験での現代国語の点数が上がらないときの最終手段としての一面も持つ。これは東大生すら認めた勉強法である。問題点として、勉強法として実行する時は年齢が本来あるべき年齢に達してないということである。ちなみにその東大生は現役合格らしい。あれぇ?
目次
1 具体例
2 エロゲの歴史
2.1 ローマにおけるエロゲ
2.2 キリスト教の伸張とエロゲの衰退
2.3 中世のエロゲ
2.4 ルネサンス期のエロゲ
2.5 近代のエロゲ
2.6 20世紀?現代におけるエロゲ
3 日本におけるエロゲ
3.1 旧石器?縄文時代
3.2 飛鳥時代
3.3 平安時代
3.4 鎌倉時代
3.5 室町時代
3.6 戦国時代
3.7 江戸時代
3.8 幕末
3.9 昭和(戦前)
3.10 昭和(戦後)
3.11 現代
4 関連項目
具体例
具体的なエロゲの例を上げれば物凄い量が出て来るが、基本的には、
ブロックを落とせばだんだん裸になっていく、脱衣ブロック崩し系。
PC-98シリーズの頃良くあった、シューティングでクリアすると画像が表示されるシューティング系
ジャンケンやカードゲーム、ミニゲームなどで負ける、あるいは一定得点を達成すると一枚ずつ服を脱いでいく野球拳系。
ミニゲームなど単純なボタン操作などでもやもやが消えていく雲消し系。
恋愛シミュレーションなのだが、ベッドシーンまで発展するシュミレーション系。
静止画が紙芝居のように表示され、選択肢によってストーリーが変わるアドベンチャー系。
ムービーから構成されていて、途中途中に出てくる選択肢でストーリーが変わるムービー系。
着替えを手伝う着せ替え系。
その他、パンチラを狙うアクションや、グラビアの撮影に同行したり、戦争ものとか職業ものとか。いろいろある。
エロゲの歴史
エロゲの起源は定かではないが、現在確認されている最古のエロゲは1987年にエジプトで発掘された。古代エジプトの有力者の墳墓に遺体と共に紀元前1500年頃に埋葬されたものであると考えられている。
古代におけるエロゲはギリシア、次いでローマにおいて長足の進歩を遂げた。プラトンの著した『弁明』では青少年に無闇にエロゲを薦めたとしてアテナイで告発されたソクラテスの姿を見ることができる。同じくプラトンの『クリトン』は処刑を前にするソクラテスとその親友クリトンのエロゲに関する対話である。その中でのソクラテスの台詞「駄作もまた作品なり」は現代のエロゲの抱えている問題点を見事に予言したものといえる。
紀元前4世紀、マケドニアのアレクサンドロス3世 (アレクサンダー大王)の東征により、ギリシアの洗練されたエロゲが東方に伝播することになった。
ギリシアの衰退後、西洋世界におけるエロゲの中心地は当時新興国であったローマに移る。
ローマにおけるエロゲ ローマ時代のエロゲ
既に共和制下のローマにおいてエロゲは知られていたが、当時はまだ元老院階級の一部の人間にギリシアの芸術として楽しまれていたに過ぎなかった。しかしポエニ戦役後、ローマの東方への進出に伴い、ギリシアの芸術がローマに大規模に移入され元老院階級のみならず幅広い層に楽しまれるに至った。
ユリウス・カエサルのガリア征服によってエロゲは北方にも伝播し、ガリア(フランス、ベルギー、オランダ)やブリタニア(イギリス)でも楽しまれた。カエサルはローマの防衛線としてライン川を示したが、これによってゲルマニア(ドイツ)へのエロゲの普及は遅れ、後代蛮族の侵入によるローマ帝国崩壊の遠因となった。
共和制ローマの代表的な哲学者・政治家・作家・オタクであるキケロは親友アッティクスとの2678018通に及ぶ書簡の中で、頻繁にエロゲについて言及している。キケロの死後、これらの書簡はアッティクスによって出版され、後世の研究者にとりまたとない資料となった。