アンサイクロペディア日本語版(アンサイクロペディアにほんごばん、八百科事典、ゴミペディアとも)は、アンサイクロメディア財団が運営する多言語オンライン百科事典プロジェクト「アンサイクロペディア」の日本語版である。
記事数では英語版、ポルトガル語版に次いで3番目に大きなアンサイクロペディアであり(ちなみに4番目はイタリア語版、5番目はフランス語版)、2008年5月現在、(9割は殴り書きのゴミ記事であるという事実に目をつぶれば)10000件以上の記事が存在している。
目次
1 歴史
1.1 発足当時
1.2 日本語化
1.3 厨房利用者の急激な流入増加
1.4 BC権限のお札降り
1.5 新興管理者の台頭
1.6 さらなる成長
1.6.1 大規模サーバーダウン
1.6.2 成長の軌跡
1.6.3 外部からの反応・評価
2 アンサイクロペディア日本語版の現在
3 問題点
3.1 オープンプロキシと署名の問題
3.2 嫌がらせなど
3.3 アンサイクロペディア運営委員会について
4 関連項目
歴史
発足当時
一説によると日本にアンサイクロペディアを伝えたのは、悪魔の仕業であったという話である。
明治元年、耶蘇教の修道士達に紛れ込んで、一匹の悪魔がオーストラリアから日本に渡ってきた。当然悪魔の目的というのは、日本人を堕落させ、日本に悪の種を播くことであった。しかしながら、これはまだ日本に耶蘇教が広まる以前のことであり、悪魔といえども、なかなか堕落させる日本人の見つけ出しようがなかった。悪魔は手持ち無沙汰に、この地にアンサイクロペディアを作ることを思い立った。彼は故郷ではやはりアンサイクロペディアの常連寄稿者であった。悪魔はさっそく英語版アンサイクロペディアの記事名前空間にサブページJa/を作ると、そこで毎日こつこつと記事を育てることにした。
さて、ある日のこと悪魔が例によってサブページでアンサイクロペディアの記事を育てていると、そこへ二頭の牛を連れた、近在に住む牛飼いが通りかかった。牛飼いは悪魔の編集しているwikiに興味をそそられ、また悪魔の格好から、これはてっきり海を渡ってきた耶蘇教の修道士の一人であろうと思い込み、気軽に声をかけた。
「もし、もし、お坊さん。あなたはこのwikiで一体何を育てているのですか?」
「わかりませんか」と、悪魔は流暢な日本語で答えた。
「とんとわかりませんな。このようなwikiを見るのは、これが初めてですから」
「それは残念です。でも、もしあなたがこのwikiの名前を三日以内に当てられたら、このwikiをあなたに差し上げます。ただし、その代わり――」悪魔は言葉をついだ。「――もし、あなたがこのwikiの名前を言い当てられなければ、私が欲しがるものを一つ、あなたから戴きますが、それでもよござんすか?」
牛飼いはこの修道士が冗談を言っているのだと思い込んで、陽気に請け合った。「いいですとも、なんでもあなたの望む物をさしあげますとも」
「それじゃあ」と悪魔は帽子を脱いで、その下の山羊のような角を見せながら言った。「あなたがこのwikiの名前を三日目までに当てられなかったら、あなたの魂をいただきましょう」
この時になって、牛飼いはようやく自分の取り引きをしていた相手が悪魔であったことに思い至ったのであった。しかし、悪魔と一度交わした約束は、もう取り消すわけにはいかない。その日から三日、牛飼いはなんとかそのwikiの名が分からぬ物かとほうぼう尋ねて回ったが、なにしろまだGoogleもウィキペディアも存在しない昔のことであるから、悪魔のwikiが何という名を持つのか、その糸口さえ掴めなかったのである。
そこで一計を案じた牛飼いは、三日目の晩に、一頭のソックパペットを連れて、こっそりと悪魔のwikiに忍び込んだ。そしてソックパペットをけしかけると、wikiのページを片っ端から白紙化し始めた。自分のwikを荒らされる気配に勘付いた悪魔は、サブページに飛び出してきて、眠そうな声でソックパペットをこう怒鳴りつけた。
「――この畜生、何だって、おれのアンサイクロペディアを荒らすのだ」
多くのお伽噺と同様に、この後のことは述べるまでもない。