原 民喜 (著)
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著者:原 民喜
■公開作品一覧
□秋日記
□悪夢
□ある手紙
□遺書
□一匹の馬
□飢ゑ
□美しき死の岸に
□永遠のみどり
□永遠のみどり
□壊滅の序曲
□壊滅の序曲
□ガリヴア旅行記
□ガリバー旅行記
□「狂気について」など
□苦しく美しき夏
□原子爆弾
□原爆回想
□原爆小景
□原爆被災時のノート
□氷花
□五年後
□災厄の日
□沙漠の花
□潮干狩
□「屍の街」
□死と愛と孤独
□死について
□死のなかの風景
□書簡
□心願の国
□戦争について
□小さな村
□鎮魂歌
□鎮魂歌
□長崎の鐘
□夏の花
□夏の花
□廃墟から
□廃墟から
□火の踵
□火の唇
□火の唇
□火の子供
□雲雀病院
□ヒロシマの声
□二つの死
□冬日記
□平和への意志
□星のわななき
□魔のひととき
□魔のひととき
□惨めな文学的環境
■著者概要
被爆体験を作品に刻んだ、小説家、詩人。広島市生まれ。広島高等師範学校附属中学校時代から詩作を始め、慶應義塾大学文学部予科に進んで、山本健吉らと同人誌を発行。小説にも手を染める一方、左翼運動に関わる。慶應義塾大学文学部英文科に進学し、1932(昭和7)年卒業。翌年、佐々木基一の姉、永井貞恵と結婚。1935(昭和10)年、掌編小説集「焔」を自費出版。翌年8月、「三田文学」に「貂」を掲載。以降、同誌を中心に旺盛に作品を発表していく。1939(昭和14)年、妻の体調悪化。1942(昭和17)年1月、千葉県立船橋中学校に、英語教師として週三回勤務。1944(昭和19)年3月、同中学退職。9月、妻死去。翌年1月、千葉から広島市幟町の生家に疎開。8月6日、爆心地に近いこの家で、被爆する。広島の惨状を綴った「夏の花」をこの年のうちに書き上げる。当初、1946(昭和21)年1月の「近代文学」創刊号に発表を予定していた「夏の花」は、GHQの検閲を考慮して発表が見送られる。同年4月、上京。被爆体験と妻との別れをテーマとした作品を、優れぬ体調と貧窮の中で書き続ける。1947(昭和22)年、「三田文学」6月号に「夏の花」掲載。1951(昭和26)年3月13日、中央線、吉祥寺・西荻窪間で鉄道自殺。
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担当:Smilegreen