東西伊呂波短歌評釈
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著者名:幸田露伴 

 東のは赤縄紅糸の相牽連するは、人意を以て測る可からざるものあるを云ひ、西のは縁の下の舞の舞ひ得て妙なるも、堂上の眼に入らざることを云へるなり。東の方にて「縁の下の力持」と云ふよりも舞といへるはおもしろし。
東 びん乏暇無し
西 瓢箪に鯰
 貧者余閑無しといへる、瓢箪は鯰を捉ふ可からずといへる、二語共に妙無し。西の諺、むかしは「膝がしらの江戸行」といへるなりしよし。
東 もんぜんの小僧習はぬ経を読む
西 餅屋は餅屋
 東のは薫染の力の大なるをいひ、西のは当業の技の優れたるを云へる、意は異なれど、勝劣無きに近し。
東 せに腹はかへられぬ
西 雪隠で饅頭
 東のは、親は疎に代ふる能はざるを云ひ、西のは自利の念の甚しきや陋醜唾棄すべきの事を敢てするに至るを嘲れるなり。西のの諺、痛刻ならざるにあらず、たゞ其の狠毒(こんどく)の極汚穢を諱まざるを病む。
東 粋が身をくふ
西 雀百まで躍りやまず
 才有り行無くして路花(ろか)墻柳(しやうりう)の間に嬉笑するもの、多くは自ら悦び自ら損ずるを悲めるは東の方の諺にして、※薄(けんはく)[#「還」の「しんにゅう」に代えて「けものへん」、読みは「けん」、164-17]乖巧(くわいかう)の人の其性改まらずして、老に至つて猶紅灯緑酒の間に※[#「遍」の「しんにゅう」に代えて「あしへん」、読みは「へん」、164-17]※[#「遷」の「しんにゅう」に代えて「あしへん」、読みは「せん」、164-17]するものを歎ぜるは西の言なり。二語皆佳。
東 京の夢大阪の夢
西 京に田舎あり
 京の夢大阪の夢といへる諺、古より明解無し。無境漂蕩定まり無きを云ふ歟、或は曰く、京に在つて夢みる時は却て大阪を夢むといふの意にして、夢魂多くは異境に飛び旧時に還るを云へるなりと。京に田舎有りといへるは、物必らずしも全美全雅なる能はざるを云へるなり。西の諺、意明らかにして趣有り。




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