東西伊呂波短歌評釈
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著者名:幸田露伴 

 松浦肥前守、赤き烏帽子を戴きしといふ奇解の塩尻に出でしより、人皆之に従ひて怪まず、多くの画にも、人の赤き烏帽子冠れるさまを描きたれど、土地によりては、赤烏帽子と云はずして、「亭主の好きな赤鰯」といふもあるなり。赤鰯は鰯の塩蔵若(もし)くは乾蔵せるものにして、其の味の美ならざること言ふまでも無し。語の意は、赤鰯珍とするに足らず、されど亭主之を好まば又数□用ゐられんのみ、人之を如何ともする無し、といふに在り。寺から里へとは、物の顛倒せるを云ふ。二諺共に妙無し。
東 あたま隠して尻かくさず
西 あきなひは牛の涎
 東のは蔵頭露尾の醜を笑ひ、西のは商估の道、気を伏せ心を寛うすべきを云へるなり。西の諺教へ得て甚だ好し。
東 三遍回つて煙草にしよ
西 猿も木から墜ちる
 能く勤めて而して後休む可しと云ふは東のなり。既に慣るゝも猶且つ過つ有らんと云ふは西のなり。共に嘉言にして佳趣あり。
東 聞いて極楽見て地獄
西 義理と犢鼻褌
 東のは、耳聞と目撃との甚だ異なるを云ひ、西のは、欠く能はざるものの畢竟欠くべきにあらざるを云へるなり。東の方の諺佳趣あり。
東 ゆだん大敵
西 ゆうれいの浜風
 東のは意義顕露なり。西のは情趣晦昧なり。幽魂の海風に吹き散ぜらるゝが如く、力無きものの、終(つひ)に自ら保つ能はざるを云へるか。西の諺、東には行はれず。
東 めの上のたん瘤
西 めくらのかきのぞき
 眼上の肉瘤、甚だ厭ふ可く、盲者の目を張る、又何の益あらんとなり。二諺共に佳趣無し。
東 身から出た錆
西 身は身でとほる
 東のは□花外より到るにあらず、災星多くは自ら招くを云ひ、西のは、口あれば食はざること無く、肩あれば衣ざること無く、憂ふる勿れ身あれば即ち活くに足るとなり。東西共におもしろし。
東 知らぬが仏
西 しわんぼの柿の核子(たね)
 無悩又無憂、知らざるもの即ち是れ仏なり。吝嗇の徒柿の核子にもまた依□恋□として之を棄つる能はざる、悲む可く笑ふ可きなり。東の方おもしろし。
東 縁は異なもの
西 縁の下の舞
 東のは赤縄紅糸の相牽連するは、人意を以て測る可からざるものあるを云ひ、西のは縁の下の舞の舞ひ得て妙なるも、堂上の眼に入らざることを云へるなり。東の方にて「縁の下の力持」と云ふよりも舞といへるはおもしろし。
東 びん乏暇無し
西 瓢箪に鯰
 貧者余閑無しといへる、瓢箪は鯰を捉ふ可からずといへる、二語共に妙無し。西の諺、むかしは「膝がしらの江戸行」といへるなりしよし。
東 もんぜんの小僧習はぬ経を読む
西 餅屋は餅屋
 東のは薫染の力の大なるをいひ、西のは当業の技の優れたるを云へる、意は異なれど、勝劣無きに近し。
東 せに腹はかへられぬ
西 雪隠で饅頭
 東のは、親は疎に代ふる能はざるを云ひ、西のは自利の念の甚しきや陋醜唾棄すべきの事を敢てするに至るを嘲れるなり。西のの諺、痛刻ならざるにあらず、たゞ其の狠毒(こんどく)の極汚穢を諱まざるを病む。
東 粋が身をくふ
西 雀百まで躍りやまず
 才有り行無くして路花(ろか)墻柳(しやうりう)の間に嬉笑するもの、多くは自ら悦び自ら損ずるを悲めるは東の方の諺にして、※薄(けんはく)[#「還」の「しんにゅう」に代えて「けものへん」、読みは「けん」、164-17]乖巧(くわいかう)の人の其性改まらずして、老に至つて猶紅灯緑酒の間に※[#「遍」の「しんにゅう」に代えて「あしへん」、読みは「へん」、164-17]※[#「遷」の「しんにゅう」に代えて「あしへん」、読みは「せん」、164-17]するものを歎ぜるは西の言なり。二語皆佳。
東 京の夢大阪の夢
西 京に田舎あり
 京の夢大阪の夢といへる諺、古より明解無し。無境漂蕩定まり無きを云ふ歟、或は曰く、京に在つて夢みる時は却て大阪を夢むといふの意にして、夢魂多くは異境に飛び旧時に還るを云へるなりと。京に田舎有りといへるは、物必らずしも全美全雅なる能はざるを云へるなり。西の諺、意明らかにして趣有り。




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